日本ごうがふかいな協会広報

日本ごうがふかいな協会の広報ブログです。

感想「おすしがおいしかった」

 どうもかーびぃです。

 

 第2回文学フリマ岩手、僕としてはそれ自体に大変満足して終わった。自分の求めるものがそこにあった。地方独特の空気を感じながら、その地域の特殊性を感じながらもやはり文学フリマならではの闊達な空気がそこに流れていたことがとても喜ばしかった。金沢とはまた違った方向で質の高い即売会であったと思う。

 

 個人的には、頒布成績が今までの地方イベントにはないレベルで、正直なところびっくりしている。たぶんこちらが買ったのをなにかしらで覚えていて、それで後で気になってブースにやってくる、というパターンが結構あったのだろうが、おそらくツイッターではなくカタログから確認したのだろうか、というひともいて、さすがはイーハトーヴ、そういう土壌があるのだろうかと思ったくらいには創作活動に熱心に足を運ぶ人が多い印象だった。来年以降は現在と同規模の活動はほぼほぼできなくなりそうではあるが、それでも岩手には足を運んでいきたい。今回、新幹線の関係と体調の関係でほぼほぼ観光らしいことをしていない(駅の白龍分店でじゃじゃめんを食べたくらいか)ので、観光もしたい。交通インフラはそこそこだったと思うし、もっと荷物を軽くすればいけたんじゃないかとも思う。

 

 恒例の文フリ岩手シーズンについてはここで述べるつもりはない。もうすでに評点は終了しているのでご期待ください。

 

 全体的にのどかな雰囲気、そして少し寒い、あとホテルの場所はよかったんだけどいろいろ設備が昔すぎて元現代っ子のかーびぃ氏にはしんどかったようだ。今度からは無理せず大浴場があるルートインを積極的に狙っていこうと思う。ルートインはいいぞ。ほとんどのルートイン(というか全部なのか)には大浴場がある。部屋の狭い風呂になど浸かってられないから、シャワーになってしまうが大浴場では時間さえ選べばどこまでもゆっくりできる。ただルートインは喫煙室が多いから煙草嫌いのひとにとってはなかなかとりづらいのではないかと思う。あとシングルだから二人とかで行くとなるとちょっと面倒かも。ひとり旅なら断然おすすめ。

 というルートインのダイマをしている場合ではない。というか僕はルートインもだけどR&Bのゆでたまごも結構好きで……ってそういう話ではない。

 

 とにかく、じゃじゃ麺よりわんこそばたべたくて、そんなことより帰りの新幹線にと買ったおすしが死ぬほどうまかったんだけどあれ何者なんだ?おすしの神様なのか?という感じでした。なんとかパンもおいしいらしいね、今度行ってみます。

 以上レポっす(懐かしいネタ)

光速に近づけば近づくほど永遠は目の前まで近づいていく

 どうもかーびぃです。無理が過ぎる。

 

 みなさんおなじみ、9mm Parabellum Bulletの曲に「銀世界」というミドルテンポの(比較的)静かな幻想的な曲がある。しんしんと雪が降り続けていく銀世界の奥へ奥へと進んでいく情景と心情が、9ミリ特有の大げさな泣きを交えつつも、比較的淡々と語られていくという少し珍しい曲だ。ぼくはこの曲が9ミリの中でもトップクラスで好きだ。その理由はミスチルの「深海」が好きな理由と同じだと思う。たぶん。

 

「永遠まで、あと5秒」著:古月玲(サテライト!)

(通読性:18、宇宙感:20、残響度:19、嗜好:9、闇度:A 合計:73点)

 ということで、文フリ東京24シーズン首位にして、歴代2位の超高評点となったこの本は、タイムライン上でちょくちょく見かけていた人のつぶやきによく流れていた中で、タイトルが気になって、ふと手に取ったものだったという。やっぱりツイッターで少しずつ流れるというのはかなり有効な宣伝なのだなあと思いつつ、その中でも他人の心に残すというのは難しいのだなあと再確認した出来事である。

 文庫本84頁と、決して多くはないその分量の中に秘められた短編たちは、どれも宝石のようにきらきらと輝きながら、宇宙の底のような漆黒を内に秘めていて、読んでて飽きることがなかった。特に、表題作でもある「永遠まで、あと5秒」は、スタンダードなプロットで、少し読んでしまえば全体の設定と終わりはなんとなく予想できてしまうシンプルさを持ちながら、主人公と導入役(といえばいいのか適切な表現が思いつかないが)の青年との不器用なやり取りと、全容が解明されてからのカタルシスで描かれている世界観と文体が底抜けに透明で美しく、なおかつ仄暗くて、ファンタジーという分野の中ではかなり高い作家性と文体を保持しているのが非常によくわかる。ラストのキレがすさまじい。また、この表題作とつながっている世界の短編「いつか星へ行く船」は、少年たちの微妙な関係性と強い絆、そして荒廃した世界の荒れようを滲ませるような絶妙な描写であぶりだしている。なんだろう、2位、3位に見られるような尖り具合は見受けられないというか、読んだときには感じないんですけど、もうただただ底が異様に深い湖のような透明感と深淵とたたえている感じ。これが個人的にすごくツボにはまりました。

 他の作品も読んでみたいなあ。こういう出会いがあるからシーズンレースはやめられないですね。

 

 というわけで、これにて長丁場で大量だった文フリ東京24シーズンは終了。もう今週末には文フリ岩手が迫っております。また、10月下旬に開催される「第6回Text-Revolution」では当日企画として「みんなのごうがふかいな展」を開催できることになりましたので、その詳細もおいおい。

 なんだかんだでやることが多い。

脳内の妄想と夢と現実が程よく混ざって最高の料理を作り上げることをたとえば日本語だと「コント」っていうらしい

 どうもかーびぃです。今日でシーズンを終わらせようと必死だ。でもそれも必至だよね。みたいなダジャレ。

 

 先ほど紹介したバズマザーズの「スクールカースト」だが、同じアルバムに「傑作のジョーク」という曲がある。前述の曲ほど尖ったものはないが、創作をする人間にとっては突き刺さるフレーズが多々あり、それがやわらかくなつかしさを覚えるような優しいモチーフに乗せられている。あとPVの口パク漫才が好き。

 

「内なるガパオの囁きを聞け」著:相楽愛花(素敵な地獄)

(通読性:21、宇宙感:19、残響度:16、嗜好:9、闇度:A、合計:72点)

 冷静に考えたら別の曲マクラにしたほうがよくない?って今更思ったんですけど変えません!!!!!

 著者紹介の鬼才こと相楽愛花氏が放つ渾身のコント本。冒頭でいきなり繰り出される「わたし、実はガパオ人やってん」という衝撃の友人の告白。それから、ガパオ人の生態や文化が延々と広がっていく。笑い飯のコントにも似た、ツッコミがいるようでいない空間に絶え間なく続く小ネタ、そして終始低いテンション。そのシュールさが妙に笑いを誘う。また、タイ料理の名前をなんというかうまい具合に配置していて、それもなんだか不思議とおかしい。

 いや、あの、あのね、中身は本当にないんですよ。0と言ってもいい。だからこそ全体が生きてくるというか、読み終わった後に「なんなんだこれ」っていう一人ツッコミまで含めてひとつの作品になっているというか、そういう本なんです。そして主人公(愛ちゃん=相楽氏本人?)と自称ガパオ人こと夏目さんのやりとりが主軸かと思えば、その後ろにこっそり笑いを忍ばせてくる感じがじわじわと襲い掛かってくるから危険だ。絶対に笑ってはいけない空間でやったら50か所くらい危ない。読み終わるころには全身を殴打されて死亡確定だろう。やわらかな雰囲気の中、次々と、じわじわと襲い掛かるコント。そしてなんか読み終わると勝手にパロディしたくなってる。

 そう、ぼくが今度文フリ岩手で頒布するベスト短編集の書き下ろしである「テイク・ザ・ガパオライス・トレイン」はタイトルだけこの作品から少し拝借したものだ。といってもガパオライスくらいしか似てないし、全然似てない。コントでもないし。

 あとこの作品、コピー本中綴じだし内容も上記のような感じだし非常にゆるいのが好きです。そこはかとない「ごうがふかいな」を感じる。

 素敵な地獄も、評点的な意味でかなり安定したサークルで、つまるところぼくの推しということになる。相楽氏は、この本のようなセンスも持っていながら、刺すようなセンテンスを中心として退廃した世界観を描きつつ、現実とファンタジー空間が織り交ざるような話を書くのが非常に得意で、地の文にとって的確な距離感を保ち続けつづけられるところが最大の強みであるとぼくは考える。今後もその強みを最大限に生かした小説を書いていくのだろうなあ、などとかってに期待しているわけだが、どちらかといえばこういうシュールな笑いのほうがぼくは好きだったりする。

 ちなみに、今まで誰も成し遂げていなかった「同じ作者の作品が別のシーズンの上位記事に掲載される」という快挙を成し遂げている(前回は文フリ金沢3位)。今までかぶらなかったことのほうがすごいのだが、そういった意味でも相楽氏は今後注目していきたいと思っています。

 

 以上。なんだかいつも以上に煙に巻いた文章になった気がするがきのせい。

 このままの勢いで首位も書く。

神はその目を見つめることが出来るものの前にだけ悠然と姿をあらわす

 どうもかーびぃです。連日体力を削って生きています。原稿が進まない。

 

 バズマザーズというバンドをご存じだろうか。尖った音型、まくしたてられるような攻撃的な歌詞とボーカルが特徴的なのだが、その割に緩やかで楽しそうな曲も同じだけあるという不思議なバンドだがPVはだいたい攻めている。

 確か少し前にマネージャーが金をもって夜逃げしたみたいな騒動があったと思うのだが、その時に聞いてこれはと思ってからなんとなく曲が頭の中に残っている。

 中でも、比較的最近発表された「スクールカースト」は、バズマザーズの持ち味である吐き捨てるような口の悪さと、それでいて対極にあると思われる暖かさを併せ持った歌詞とサウンドが、どちらかに偏った印象をもっていたぼくにとっては非常に新鮮で、それなのにいかにもバズマザーズという感じがして不思議だった。尖りすぎると安定するのだ。

 

「かわいい女の子は私の小説なんて読まない」著:小町 紗良(少女こなごな)

(通読性:18、宇宙感:19、残響感:17、嗜好:7、闇度:S、合計:71点)

 まさかこの本が3位になるとは、評点をつけた時点では思わなかった。間違いなくこの本がぶっちぎり1位で、「クイーン・オブ・ごうがふかいな」というキャッチフレーズと上記のマクラを考えていたわけなのだが、その妄想は脆く崩れた。70点超えが4作(首位から4位まで70点台)というインフレでも起きたのかと思うばかりの恐ろしい激戦のなか、かろうじて上位であったことに安堵もしている。

 などという裏事情はともかくとして。

 先述したように、この短編集には「ごうがふかいな」がつまりに詰まっている。ぎっちぎちという感じだ。尖りに尖りすぎて、ウニのようにかえって丸くなってしまっているような、とにかくもうこの世のアレが少女小説というフォーマットに中性子のごとく詰め込まれている。書いてて発狂しないのだろうかと思うくらいの密度だ。ぼくなら発狂するけど。とにかくすごい。すごいとしか言えない。語彙力とかそういう問題じゃなく、この作品を形容するに足る表現をぼくは知らないし、たぶん知ることはないのだろうと思う。薄っぺらなフォーマットに無限の宇宙が収められているという点では、テキレボ5シーズン首位を獲得した「最深の心悸の宇宙の続き」(酒井衣芙紀)と少し構造が似ている。ただこちらは無表情で上空から爆撃しているようなイメージだ。ワードひとつひとつの攻撃性もさることながら、それを結集させたセンテンス自体も非常に攻撃力が高い。そしてそれを正確に形容できる言葉がたぶん日本語にない。あったとして発音できない。そんな感じだ。

 巻頭の「初恋葬送篇」が引き込みとして信じられないくらい強い。合同誌に先鋒担当、すなわち巻頭を得意とするタイプがいるが、この作者もそのタイプだろう、というくらいに引きがうまい。最初のパラグラフを音読してほしい。一見ベタな語呂に込められた情報量と新奇性がすごい。さっきからすごいとしか言ってないが本当に「すごい」もしくは「ごうがふかいな」しか言えないのだ。それほどまでに、すがすがしいくらいにすごいごうがふかいななのだ。たぶんかーびぃ氏が一生をかけたとしてもこの「ごうがふかいな」を作り出すことは出来ないのではないかと思う。語彙力が劇的に落ちている。

 個人的には、3作目の「メアリー」と表題作が好きだ。「メアリー」はこう、童貞の青春(ダークサイドモード)みたいなボディを持ちながら、フレーバーはしっかり少女っていう、もうド直球に「ごうがふかいな」であるわけで、短い中でキレがすごい。キレがすごいんぢゃ。そして「かわいい女の子は私の小説なんて読まない」も、ぶつかる人手当たり次第にアイスピックをぶっ刺していく感じがたまらなく好きで、いつのまにかそれなりに年を取ってしまい言えなくなってしまったことをなぜか勝手に代弁されてしまっている!!!!みたいな出展不明の吐き出し口不明、感情の作成先のパスが見つかりませんみたいなそんなアプリケーションエラーを起こしかけるくらいには愉快ですかっとする。

 ここまで読んでくださった方は判ると思うのだが、この本、少女感を前面に押し出した「ごうがふかいなの盛り合わせ」みたいな感じで、これがぼくのなかで作者の小町氏を勝手に「クイーン・オブ・ごうがふかいな」にしてしまっているゆえんである。「ごうがふかいな」はみんなの心の中にあるものだが、かーびぃ氏の中での「ごうがふかいな」は一体どんなものなのか、その答えのひとつがここにある。

 

 てなわけで、終始IQが低い語りに徹してしまい非常に申し訳ない。でもすごい本にはすごいとしか言えないのと同じように、ごうがふかいなな本にはごうがふかいなしか言えないじゃないですか、そういうことですよ!!!!!!!!!!!!!

 

風呂入ったら2位も書く。たぶん。

誰も触れない国、そこにあるのはノーバディってか

 どうもかーびぃです。前置きはともかく、ようやく文学フリマ東京24シーズンの評点が出そろった。ということで、惜しくも選外になってしまったまとめシリーズも最終版である。なんだか結構心待ちにしてくれている人がいるようでなによりだが、それでぼくのスタンスが変わるということはない。あくまでフェアを装いつづけるスタイルだ。

 

 「スピッツ ハチミツトリビュート」著:須田英太郎ほか10名

 スピッツの名盤「ハチミツ」の中の11曲にちなんで、11人の創作者たちがそれぞれの曲にちなんだ作品をつなぎ合わせたもの。

 ちょっと心を落ち着かせるために一言。

「おま!!!!!!!!おいおま!!!!!!!!!!!!これ、同人のレベルちゃうやん!!!!!!!!!!!!!エグっ!!!!!!!!!!!!!!!!!エグすぎか!!!!!!!!!!!!!!!エグすぎ晋作か!!!!!!!!!!」

 はい。

 はい、というわけで、このアルバム、もとい合同誌、何がすごいかっていうと、同人でしかなしえないことなのに、そのクオリティも求心力も、さらには商業性すらも、もはや同人という枠組みを超えつつあるというおそろしい代物なんです。

 具体的に言うと、もう巻頭の「ハチミツ」(そにっくなーす)がすごい。三並夏の「平成マシンガンズ」がかーびぃ氏大好きなんですけど、そのマシンガンの銃弾が全部ヴェルタースオリジナルで、痛いのかかゆいのかよくわかんないような弾幕に気を取られているとハーレークィンの恰好したトミーヘヴンリーコスのJDがロリポップキャンディのバット持ってぶん殴ってくる感じの。全盛期のスピードワゴン小沢さんを彷彿とさせる薄い甘さと生殺しの殴打。もうなんぢゃこらですよ。正直これ一本でもう十分すぎるくらいなんですけど、その次の「自転する者」(須田英太郎)(原曲名「波がキラリ☆」)もすごい。原曲聞きながら読むと、その間に小説を読み切ってしまうし、原曲の切なさやきらきらとした輝きが本当にそのまま、小説という形にきっちり反映されて卸されているという。これもなんぢゃこらですよ。なんちゅう微分関数使ってんだって話ですよ。それ以降も怒涛のラインナップ、もう甲子園だったら4番のピッチャーみたいな力のある人ばっかりだし、しかもみんな打順をわきまえて大人のプレーしよるんです。これ以降はもう読んで確かめてくださいその強さを、力を、そして同人世界の広さを奥深さを。ほんともうずるい、ずるい以上の言葉が出ないです。単純なクオリティでいうならばたぶん80点超えてるようなものなんですけど、じゃあなんで今回選外だったのか。理由はたったひとつ。

「ごうがふかいな」がどこにもないんですよ。いや、あるにはあるんですけど、弱すぎる。それは前述した同人としての枠を超えつつあるというところともリンクしていて、お互いがお互いの「ごうがふかいな」を見事に打ち消しあい、まったくもってすごい本になってしまったというそれだけのことです。同人誌としては完成されすぎている。ぼくは千利休的わびさびわさび大好きおじさんなので。

 ちなみにスピッツは「空も飛べるはず」のころから聞いてるんですけど、個人的に「ロビンソン」がめっちゃ好きで、それをモチーフにした「川べりのフライデー」(オカワダアキナ)もすんばらしい話です。精緻な技術力が輝くウルトラソウルみたいな感じのやつです。

 ピロウズトリビュートか9ミリトリビュートやってみてえ。キンショートリビュートでもいいよ。ガンガン寄稿していきたいですね。

 

「神娼と聖剣士」著:鹿紙路(鹿紙路)

 鹿さんの2冊目。帯もよく読まず表紙だけ見て面白そう(=高ごうがふかいなを感じた)と思ったから手に取ったわけだが、鹿紙さんが「それほぼほぼ致してるやつなんですけど大丈夫ですか?」って聞いてきたので、「あっBLかな」と思って「(別にファンタジーだと思ってるんで)大丈夫です」って言ってもらってきたやつ。

 あの、BLだと思ったら帯に(異性・同性同士・三人以上の性描写を多く含みます)ってちゃんと注意書きしてあったんですけど、ぼくはそんなことに気づきもせず、カバーをかけていつもの喫茶店でですね、読んでたんですよ。

 結論から言うとスーパーサイヤ人ってこういう感覚なのかなみたいな。そういう感じでしたね。

 何が言いたいかというと、BLかと思ったら残念、お手製フランス書院文庫(しかも盛り合わせ系のどエロのやつ)でしたーーーー!!!!!みたいなトリックをまともに食らったということで。皆さんもお求めの際はお気を付けください。表紙の5億倍くらい描写が妖しいです。ド直球だし絵面が快楽天にたまに載ってそうなファンタジー系統のやつみたいな感じです。あ、触手ものはかろうじてなかった。かろうじて。逆に言うとそれ以外は全部あります。ラーメン二郎で全マシしてる感じです。

 いやーーーーーーーかーびぃ氏も黒髪ロング一重まぶた微乳お嬢様系女子と初めて致した時の感覚が忘れられず悶々とする人生を送りたかったーーーーーーーーーー。

 なんだこの締め。

 

「Sketch」著:木の葉スケッチ(木の葉スケッチ)

 毎度おなじみ木の葉スケッチの最新作。A5サイズにパワーアップし、並々ならぬ分量で攻めの姿勢を見せる。表紙の絵柄といい、このサークルにはあまりとげとげしい攻めというものは似合わないように感じているのだが、おそらく代表の転枝(ころえだ)さんの意図が強いのかもしれない、などと思う。

 合同誌というものは、みんなでページを埋められるので分量を稼げるし、みんなで作業や負担を分担すれば製作のハードルはかなり下がる、という利点がある。だが、その反面、個人誌以上に繊細な部分というものが多々あり、中でも読者に最も見えやすいのが、段組みと掲載順であろうと思われる。今回の合同誌は前回までとほぼ同様の掲載順(作家が)であり、それはある種の攻め、ではあるものの、合同誌としてすべての作品を読者に読んでもらうという目的から考えると必ずしもベターといえる順序ではないのではないか、という風に少し考えた。というのも、巻頭を飾る「灯色の風景」(転枝)とそれ以外とで、明らかに纏う雰囲気が異なってしまっており、作品同士のゆるやかなつながりが完全に断たれているように感じたからだ。次の「蛇の欠落」(鎌形霧彦)への切り替えがものすごく難しい。もうひとつ飛ばして「報復制度」(七氏野)へと行こうとするとさらに切り替えが難しくなる――というように泥沼にはまり、かーびぃ氏も途中で放り出してしまおうかと思ったくらい。どの作品も結成当時やその後の作品と比べると一線を画すような新たな境地へと踏み出すものが多かっただけに、残念に思えた。特に、「灯色の風景」は本人が傑作と豪語するだけのことはあるくらいに丁寧に構築され、登場人物の感情の動きが前作に比して格段に滑らかに、わかりやすく、それでいて理由のあるものになっているところが転枝氏の本来の持ち味を最大限に生かしているし、その哲学性も垣間見えるようなものにもなっていた。今後、合同誌を出したり、また出された合同誌を読んでいく中でも、この合同誌に巡り合えたことは、非常に意義があったように思った。

 

「イリエの情景2 ~被災地さんぽめぐり~」著:今田ずんばあらず(ドジョウ街道宿場町)

 ずんばニキこと今田ずんばあらず氏のイリエシリーズ2巻。本来、シリーズものはすべて読み切って初めて評点をつける方式なのだが、このシリーズに関してはそれが確定する前に1巻の評点を行ってしまったので、暫定的に評点をつけることとし、さらにここで感想も述べることにした。今決めた。

 少し違う話をしたい。

 ぼくが前職の新人研修で、社長の講話を傾聴する時間があった。社長は「ニセモノのホンモノを作る。それが我々の究極の仕事だ」と語った。ぼくはそれが何を示しているのか、当時は判らなかった。

 さて、この小説は、イリエとミツバの二人が、被災地をめぐってそこで暮らす様々な人に会っていく中で、お互いの関係や心情の変化や成長などを描いていくという被災地青春ロードムービーという体であるが、ぼくからすれば、ルポルタージュでもなければエンターテイメントでもない、いわば被災地における実情、その情緒や景観をすべてまるごと、ずんば氏の五感で記憶されたものが、この二人の女子大生という変則的な語り部、ないしは架空の体験者をおいて「ニセモノのホンモノ」という、ホンモノ(史実)以上に我々に語り掛けることのできるニセモノ(創作)を構築しようとしている、つまるところ被災地啓発小説、とでも銘打つべきものではないかと思う。おそらく、その哲学は氏自身も描いており、というかまさに、この本の中に出てくる「ヘドロまみれの炊飯器」のエピソードにそれが直球で示されている。

 この小説をひっさげて、全国各地のイベントに出場し、かなり多くの数を頒布している氏は、被災地啓発という分野においては、無視できる存在では、すくなくともないと思う。それは多くの人間がライフワークにしようとしてあきらめたことでもある。ぼく自身、震災の当事者でもなんでもないのであるが、氏の活動には敬意を表したい。

 とにかく、その真に迫る創作を、一度読んでいただくことを強くお勧めする。

 

「愚かな紫陽花」著:新宿ちりがみ百貨店(新宿ちりがみ百貨店)

 先ほど記載した転枝氏の合同誌を手に入れるにあたって、ブースを同じくしており、かつ、転枝氏も参加しているという合同誌があったので、それを手に取った次第である。転枝氏、ゲストライターなのにほかのライターよりはるかに多いページ数を取っていてあらゆる意味でびっくらこいた。で、個人的にはこっちの作品の方が好きかなと。主人公の心情と氏のモチベーションをリンクさせているのだとしたら、僕が彼に抱いた印象そのままといった感じだし、そういう意味でぼく個人としては歪んだ私小説のような印象があってとても「ごうがふかいな」を感じた。正直、氏の印象があまりにも強すぎてしまい、残りの文章の印象がなんとなく薄くて感想を書くのにも困る。印象が薄いということは、少なくともミスターあらさがしマンのぼくがあらを簡単に見つけられないくらいにはしっかりした物書きなのであろうが、いまひとつインパクトに欠けるというか、それでいてイデオロギーを感じないというか、あ、そう、そうだよこの時のためにあるんじゃないこのワード。そうそう、「ごうがふかいな」を全然感じなかったんですよ。なんかよそ行きの服を着ちゃって、というか着られちゃってるようなそんな印象がどことなく。それはそれで素敵だしおしゃれなんだけど、ぼくはあんまり好きじゃないなって。そう思いました。

 

 

 というわけで、今回、とくに今シーズンはわりかし忌憚のない感想というのを心がけた。今まではある程度お茶を濁していた部分があったのだが、この評点形式が「ぼく自身の」評点を示しているという歴然とした事実が存在するのであれば、ぼく自身の考えというものをきちんと示さなくてはならないと、そう考えるようになったためだ。そのため、今までのシーズンよりも若干口が悪い。押し付けでアレだがご理解願いたいところである。異論があるのであればなんかそこらへんでこっそり言っといて。調子が良ければ拾いに行くから。うん。

 

 というわけで、次回から上位3冊について、順に紹介していきたいと思います。

 みんなのごうがふかいな展については、たぶん文フリ岩手の後になるかと思われますので、乞うご期待。