かーびぃのメモ帳

球体の生物が日々感じたことをつぶやくよ!

ワナビの帝国

 どうもかーびぃです。例によってタイトルを考えた瞬間書きたいことを忘れてしまいました。あ~~~もうこれだからすぐ忘れちゃうおじさんは!!!!!!!

 

 てなわけでもうなんか調子悪いです。調子悪いと何が厄介って、生きているのか死んでいるのかもわからない感じで脳がふわふわしてて、思考とかしてる場合じゃないんです。思考している暇があったら反射的に物事を処理する必要があって、そこに思考を挟んでいるような暇がないんです。この文章も半ば脊髄反射で売っているというかぼくの作文は7割くらいが脊髄反射だしそれをブラッシュアップしていくのが主な作業だ。さらにいうとその作業も途中でめんどくさくなって放り投げたりする。

 

 書きたいことも書けない世の中なんてポイズンなわけですが、現にそういう世の中はだいぶ近付いちゃってるよねって、近々の話を聞くと思うわけですよ。まあかしこいまあるいかーびぃはどことかそういうことはいわないんだけども。表現の自由言論の自由は保障されるべきだよなあなんて考えているけど、世の中の大半の人間は「とりあえず俺の目に触れるものくらいは、俺を傷つける表現のないものにしておいてほしい」みたいな感じで、それはわかるんだけど、その願望自体がとんでもなく傲慢でふざけているものだということに気が付いていなくて、つまりはその意識の甘さが蔓延した結果が世はまさに大炎上時代という昨今を招いているのではないだろうか。というよりもこうなるのは、個人が簡単に表現活動が可能になったことによる代償でもあるわけだけれど、にしたってみなさん、創造力と意識が欠けているような気もするんですよねえ。例えばここではいわないけどぼくも苦手な表現、できればやめてほしいことに関してはめちゃくちゃあります、それこそ「てめえいい加減にしろぶっ殺すぞ」と念を飛ばしたことも1億回や2億回じゃないんです、でもさ、それとこれとは話が別じゃん。ぶっ殺してやろうとは思うけどぶっ殺しちゃダメじゃん。なんかそのあたりの区別がついている人とついていない人との差が激しいよなあって。リテラシー教育ってこんなアレだったっけ、みたいな。

 

 それはそうと、だからつまりどんな人でも表現者に成れるということはこう、表裏一体なわけで。ムスウノワナビが可視化できるようになったのもそのダークサイドに相当するものだろう。ムスウノワナビ。あれからーぼくたちはーなにかをしんじてこれたかなー、的なね。まあ自分もそこに参列している人間だからこう、盛大なブーメランになるわけだけれど、やっぱりワナビってきもいんですよ。もうこれは避けようがないというか、かなり確定的に、大多数の人間からはきもいと思われている感じ。気づいていないのは自分だけっていうそういう感じ。でも、それでもぼくらには表現しなくちゃいけないことがあるんだ、ぼくらにしか書けない表現があるんだ。

 

 ほんとに?りありい?

 

 本気でそう思っている、まあそういう思い込みが、現実を打開するチャンスになりうることをぼくはいやというほど知っているが、さりとて日本語の表現方法なんてたかが知れているし、ましてや、例えばそれが小説で、ファンタジーという部類になってしまうと、かなり技法が限られてくるわけで。それこそさ、ヒーローズよろしく「俺は一日で一億字書けるぜ!」とか、「俺は誰もがどシコり申し上げられるヒロインが書けるぜ!」みたいなヒロくん顔負けの能力があったとして、よしんば仮に全部それがそろったとして、お前の望む小説とやらは書けたのか?多分だけど書けてないんとちがうか?だったらちゃんと自分の書きたいものをまず追求して、1から10まで全力で構成してから書けよ。的なことを考えるわけですよすごく。ああぼくももう潮時だなって。ぼくもワナビ界から戦力外通告を出されかけて幾星霜ですが、ああもうヤキがまわったななんて思ってるわけですよ。それでも辞めたくないのはこう、まだまだ何かを書きたいのだろうと、そういう言い訳をしているわけですが。それが誰かの習作であろうと何であろうとうんこみたいなチートバトルものでもいいじゃない、自分で読みたいものを自分で書くんだ、ぼくたちはそうでなければ救われないんだ。なんで人気をとろうとおもうんだ、お前らはそこまでワナビをやっておきながら、まだ他人に対する期待を抱いているのか、いやはやなんとまあ、おめでたい。

 

 とまあ書きたい放題嘘四百くらい書きましたが気にしないでください。これが表現の自由ってやつだ。

 

 やっぱ調子悪いな。

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