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かーびぃのメモ帳

球体の生物が日々感じたことをつぶやくよ!

高等遊民とかいう特権階級がいなくなったから世界は滅びるのだ

 どうもかーびぃです。例によって例のごとく適当なタイトルをつけてしまったが反省はしない。かーびぃはそう簡単に反省しない。簡単に反省するならこんなことにはなっていない。都会にアリスはいない。いるのは薄汚れたギャルとネクラなオタクだけだ。異論はいくらでもあるだろう。

 

 研修で学んだことをすぐに仕事に活かせるようにしましょう、みたいなことを研修で言われるんだけど、そんなにスペックの高い人間だったらまず研修を受ける必要がないだろ、なんて心の中でツッコミを入れるぼくは完全に社会不適合者だ。なんでまともにサラリーマンをやっているのか今でも疑問だ。くたばっちまえ。

 

 さて、無理やりにでもタイトルっぽいことを語ってみるならば、その昔、今でいうNEETにあたる暮らしをしていた人がいた。まあ、正確には収入源(土地収入とか)があったわけだからNEETの定義には当てはまらないわけだが、そういう明日の暮らしを全く心配する必要がない人間がごくわずかにいて、そんな人たちが日本の未来について、あるいはそれ以外の面白いことについて考え続けていたわけだ。自分が社会で何の役に立つのか、なんていうしょぼい思想なんてしている場合ではない。自分の生きざまを社会に役立たせないとならないのだ、どんなことをしてでも。そうでなくては生きていかれないようになっている。これが大問題なのだが、その問題を取り立てて騒ぎ立てるような人はそんなにいない。何故かと言うとそんなことを言っても無駄だからだ。

 

 この前の文明の話同様、こういった一見何の役にも立たないような人を生かしておけるのが文明としての高度さであり、さらに言えば、一見何の役に立たないような人でも社会に「貢献させることができる」のが高度な文明である。人間社会全体がどうなっているかは正直かーびぃ全く興味がないが、少なくとも日本の社会についてはまだまだ、高度な文明を持っているとは、こういった点で言い難いとかーびぃは思う。普通に生きやすい人しか生き残っていない。毎年3万人も自殺しているような国だぞ。3万人もこの社会で生きにくい人がいるってことじゃん。つまりぼくらは生きているだけで比較的社会で生きやすい人間である、ということの証明になっている。

 

 まあわしかーびぃだしかんけいないんだけど。