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かーびぃのメモ帳

球体の生物が日々感じたことをつぶやくよ!

「表現したい」という欲望

 どうもかーびぃです。

 

 ブログのタイトルと中身をリンクさせているようでさせてない選手権を開催したらかーびぃそこそこいいところまで行くと思う。

 

 ぼくを小説に突き動かしている理由というのは9割がこれである。正直な話、表現できれば音楽だろうがマンガだろうがなんでもいいみたいなところはあるのだが、一人で作ることができ、かつ、自分が研鑽を積みやすいもの、となるとぼくには小説しかなかった、ただそれだけの話である。

 自分でもうすうす感づいてはいるが、かーびぃはもう小説というフォーマットではかなり限界に近付きつつある。やりたいことの大半はやってしまったし、あとはだいたいやろうと思ってもできないことだし、表現にはセンスが必要で、ぼくにはそれほど表現の才能がないというのもわかってきた。見たもの、聞いたものを言葉に落とし込むことはある程度できる。だが、だれも見たことがないもの、聞いたことがないものについて、ぼくは語る言葉を持たない。それがおそらくかーびぃの最大の弱点であるように思う。そしてこれはなかなかカバーできる問題でもない。

 

 なんかこう、他人に対して情を傾けられるような人間じゃないので(お前が思っているのは情じゃない、執念だ、もしくはただのビジネスだ、いいかわかったか)、よくいろいろな人に「冷たい」だのなんだの言われることが多いんだけど、むしろ、みなさんよくそこまで他人に興味持てるもんだなあとかーびぃなんかは思うわけで。自分が有機物で生物だってこと以外は別に大したものでもないわけだし他人の状態までいちいち見てられないしかまってられないレベルなのによく構えるなあと、かーびぃは本気で尊敬している。そんな姿勢だからかーびぃになってしまったのだ。かーびぃになったの罰なのかよ。でもそれでも、かーびぃにも伴侶がいればこういう感じになるのかなあなどと予想(妄想に近い)したりするあたり、こう、なんというか人間は救われねえなあみたいなこと考えている。まあわしかーびぃぢゃけど。

 

 他人の感想をもらったところで改善なんざしないんだけど、ただぼくの小説をどういう感じで読んでいるのか参考になるから全くないっていうのも結構困るみたいなところあって、かと言っておおっぴらに「感想をよこせ」っていうのも思ってるのと違うものが来るような気がしてそういうことが言えない、みたいな感情がわかる人間はきっとそのうちかーびぃになってしまうよ、たぶん。