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かーびぃのメモ帳

球体の生物が日々感じたことをつぶやくよ!

本当のことなんてどこにもないって知っているくせになにが「嘘を嘘と(ry」だよ白々しい

 どうもかーびぃです。

 

 胡蝶の夢、という有名な故事がある。人間が知覚している世界というものに確固たる根拠というものは存在しないという意味では、デカルトのなんとかかんとかとも同じような意味だ。かーびぃは暴力的な理解をする。

 

 それなりにツイッター民などという知識人の端くれのモノマネ芸人みたいなことをやっていると、非常にありふれたワードとして注意喚起か、あるいは自己顕示欲の表れなのか「嘘を嘘と見抜けない人にはツイッター(もしくはその他のSNS等のネットサービス)を使うのは難しい」というワードが飛び交うことがある。それ自体に嘘はない。だがそれこそ、そのワードの意味するところは「かつ丼を食べたらおなか一杯になるよ」程度の情報量であって、真理でもなんでもないし、どころか、お前が今見ている情報の中に本当のものが本当にあるとでも思ってんのか、随分自己肯定力の高い人間だなあなどとぼくなどは思ってしまう。というか、実際に僕は思っていた。そんなことをわざわざ口にして何が面白いのか。

 問題はここであった。かーびぃが社会に出て思ったのは、ひとつのことについて突き詰めて考えるような人間はそれ自体が異常性癖とでもいうべき異端の存在であり、手法と薬を与えれば簡単に発達障害と認定されうるほど平常からは逸脱しているということである。少なくとも現状、日本の市井においてはそうである可能性が恐ろしく高い。つまり、自分の周囲の情報が自分にだけ固有の情報かもしれない、と考えること自体が異常であり、魔女狩りの対象になってしまうのである。恐るべき全体主義国家ニッポン。かーびぃのボケは理解するまでに時間がかかる場合と全く理解されない場合がある。

 この期に及んで自分の異常性をことさらに賛美するつもりは全くない。この無駄な異常性のせいでたかだか四半世紀ちょいしか生きていないぼくがどれだけ苦しめられたかなんて別に知ったことではないでしょう。それよりもみなさんはつまり自己(に注がれる情報をある程度は無条件に)肯定できるというすばらしい能力があるようにかーびぃには感じられる。

 ま、それもフェイクで全部は情報に畳まれた数字と同じ場合があるよね、かーびぃそういう話を今書いてるけど。

 

 薬の話をしようと思ったけど唐突すぎるし量があるのでやめた。