かーびぃのメモ帳

球体の生物が日々感じたことをつぶやくよ!

勝ち組老人とそうでもない若者

 どうもかーびぃです。

 

 会社のミニ研修会みたいなのに顔を出してきた。かーびぃは自分の知能レベルに自信ニキなので、というよりもそれ以外に誇るものが何一つとしてないのでこういうところに出て行ってははてさてどれだけ宙に浮いた議論をしているのだろうか、などとゲスな考えを巡らせてもぐりこむのであるが、思った以上に真面目に世の中を憂いていたのでここに報告したい。人類の希望はまだ消えてはいないと。

 

 そんなどうでもいい猿芝居はさておいて、その研修のテーマがまさに「世代間格差」ということであった。もっとも、このテーマはかーびぃでなくとも90年代、00年代諸氏には触れやすいし、実際に感じていると思われるために選定されたものだったのだろう。ぼく自身もそれなりに考えることはある。だが、かーびぃが結論を言ってしまえば「それもう仕方ないし、ぼくらができることはもうすでに何もない、あとはみんな緩やかに沈むか奇跡を待つのみ」という身もふたもないものとなってしまう。なぜなら、日本社会はすでに旬を過ぎた老いた人間たちによって占拠されており、民主主義を採用している国家からすればすでに若年層の意見などほとんど通らなくなっているからである。

 もとより、選挙権は20歳以上にのみ与えられている。下限はあるのに上限がない。下限が存在する理由はわかるだろう。しかし、上限が存在しない理由というのはよくわからないのだ。いや、原因はあるかもしれないが根拠はきっとほぼほぼないだろう。昨日も書いたが人間は誰しも年を取るし、いつかは死ぬけれども何歳になったら確実に死ぬということがない。加齢とともに死亡する確率は上がるだろうが、必ず死亡する年齢というのは今のところ存在しないとみるべきだろう。つまり、一人一票の原則を考えるのであれば、必然的に高齢者を優遇する政策が受け入れられやすい。なにしろ10代の意見は全く通らないし、20代の意見も(被選挙権の関係もあって)通りやすいとはとても言えない。そんな状況でお役所はこの不平等にどう立ち向かっているかというと、「20代に人は選挙に行ってくださいね」という啓発活動をするのみである。つまり、この程度のパフォーマンスで十分だとみられているわけだ。それは仕方がない。現状の選挙制度では、この世代間格差を是正するシステムは導入されていないし、導入するかどうかという投票も結局同様の選挙システムにゆだねられている以上、「仕方がない」と諦めて民主主義以外の別の政治システムを探すほうがまだマシになってしまう。

 「女性のみなさんは若いうちに子供を産んでくれ」と成人式の会合でおっしゃった某ネズミーランド市の市長が一時期プチ炎上していたが、このような選挙システムの構造的欠陥はともかくとして、いくらなんでも理想の話をしすぎではないかと思った。当然、理想として街をどうしていきたいか、日本をどうしていきたいか、何が問題で新成人に何を期待しているのかと語るのは当たり前ではある。だが、「子供を産みたくないから産まないし少子化が進んでいる」と本気で思っている人間がお役所サイドに実はものすごーくたくさんいるのではないか、という疑念がわいてくる。考えてみれば、お役所で長く働き続けて生き残っているだけでもかなり「勝ち組」で(かつて、日本のお役所や警察は軍隊並みの縦社会であったという……税金を貰う代償は非常に重いのだろう)、ましてや部長や助役にもなっているのだとしたらそれはもう失敗なしのスーパーエリートに他ならないのだ。しかも彼らはバブルを文字通り「知っている」。当時の公務員など不人気職業の最大手だ。その時代に就職してそのまま昇進レースを勝ち抜いたような、運だけで生き抜いてきたウルトラスーパー勝ち組おじーさん(しかもたちの悪いことに自覚がない)が、ぼくたち「ゆとり世代」の実情なんてわかるはずもないし、わかる気もないのである。なぜならわかったところで自分の評価は上がらないし、もらえる税金は増えないからである。名誉も賃金も貰えない、いわば無駄な仕事をスーパーエリート公務員がやるはずがない。そんなことをやっている暇があったら名誉も賃金も一挙両得のすんばらしい施策を進めるに決まっているからだ。まあ、つまるとこ時すでにお寿司ってやつよ。

 

 膣内射精、気持ちいいとかよくないとか以前に「まかり間違って自分の子供が社会に生まれてきてしまったらどうしよう」って思ってしまうからきっとやる機会があってもぼくはできないとおもう。

 まあわしかーびぃぢゃけど。