かーびぃのメモ帳

球体の生物が日々感じたことをつぶやくよ!

おーばーざにゅーわーるど

 どうもかーびぃです。

 

 久しぶりになんだかテンションが高いのはたぶんランニングが終わってすぐに風呂に入った結果無駄に血流が良くなっているせいだと思う。

 THE ALFEEの「新世界-Neo Universe-」というアルバムを聴くと最初の3曲がクラシックでいうところの楽章的な感じで微妙につながっているのがやたら耳に残る。このバンド、あらゆる意味でやりたい放題しているような混沌さの中に集団としての色が出てくるという意味の分からないレベルの統制された個性の集約がつくづくすごいと思っているが、ぼくが特に好きなのはこの「Neo Universe」と冠された3曲である。聞いていると語彙力が溶けていく。強いて言うならいろんな食材が溶けあったカレーみたいな感じでいろいろな音色や拍や旋律がすごい熱量で押し込まれている感じ。

 さて、別に音楽ブログではないのでそんな話をしようと思ったわけではない。脱がすとやっぱり勝負下着だった系女子の話をしようと思ったわけでもない。なんだそりゃ。かーびぃの人生に関係でもあるのだろうか。

 かーびぃの音楽の趣味は適当だしバラバラだ。要はだいたいなんでも聞けるし何にもさほどはまらない。中学から追っていくとFFのサントラからピアノソロのクラシックにはまったりそこからビートルズやレッドツェッペリンあたりに逃げつつ、気が付くと筋肉少女帯を吸い込まれるように聞いていた。しかしそこからサブカル路線に行くかと思いきやそんなことはなく、人より一回り以上遅れてバンプや9ミリにはまり、ちょこちょこ聞いていた声優のソングも新谷良子以外と茅原実里以外はさほど聞かなくなり、そして最近では霜月はるか経由で中惠光城を聞き始めた。こうしてみるとメインをひたすら避けてはいるが、アングラの主流だけかいつまんで聞いていることになる。あとはサンホラとか少女病とか、音が多すぎてテーマがよくわかんない系音楽である(雑にまとめすぎ問題)。かーびぃはサンホラをあまり好まない。合唱畑にいたことがあり、そこではやたらサンホラー(現地語でローランというらしい)が多く、それなりに曲を恵んでもらったのだが、なぜか入り込めなかった。大きな理由としては、情報量が多すぎて聞いているうちに飽きてきてしまう結局主体はなんだ、と音楽のテーマを探ってしまう、というかそもそもあれをただの音楽として認識してしまうところにあるような気がする。どちらかというと、あれは旋律のはっきりついた、複数人で演じる落語みたいなものなのだろう。といっても今更聞く気にもなれない。聞きこむのに時間がかかるというのもサンホラの大きな弱点だろう。かーびぃな日本語しか読めない。人間だったころよりも言語分野の知能が著しく退化しているのだ。

 

「踊る赤ちゃん人間」みたいな刺さる歌詞が書ければメンヘラサブカル女子を抱き放題なんだよなあ、どうしてそんな才能を持つことができなかったのか。日本がインドになったらぼくは死んでしまう。人生勝手にハードモード選択するしマジで侮れないゲームやで。

 努力を己の勲章にして見せつけてくる奴は日本的に言えば神経がまともという扱いになるからひとりひとりきちんと叩き潰して日本社会を少しずつ変えていってくれエリートの皆さま。かーびぃは切に思う。

 

 失われた才能をサルベージしに行きたすぎるし失った青春を取り戻せないことを知るためだけに過去に戻りたい。そんな通天閣マジック。