かーびぃのメモ帳

球体の生物が日々感じたことをつぶやくよ!

新しい太陽は燃える 愛と海のあるところ

 どうもかーびぃです。

 

 合唱団の後輩のフェアウェルコンサート(卒業記念コンサート)に行ってきた。合唱団のフェアウェルコンサートというのは、卒業する代ごとのカラーが色濃く出る。実に彼ららしい、繊細に懸命に、そして劇的なステージだったように思う。彼らからするとぼくはだいぶ上の代で、すでにかーびぃになってしまった後に出会っているので、ぼくを見ても「あ、かーびぃがいる」程度にしか思わないのだろうが、ぼく自身としては、(こんなことを書くといろいろと揉めそうだが)初めてフェアウェルコンサートというものの意義や良さというものを実感できた、彼らによって実感させられたように思う。ご卒業おめでとうございます。終わらない始まりへ、ほんとうの終わりへ。不吉な文言ならいくらでも出せてしまうのに、幸福な言葉を持たない、持とうとしないのがぼくの悪い癖である。

 

 「怪獣のバラード」という曲がある。ぼくの勝手なイメージではあるが、ジュブナイルな曲ではないかと思う。砂漠に住む住所不定無職の大きな怪獣(年齢非公表)が「海が見たい」「ひとを愛したい」などと供述しながら周囲をうろうろする事案である。彼は人間ではない。怪獣なのだ。だから人里離れた砂漠に住んでいる。けれど、遠くにキャラバンの隊列を想起させる鈴の音が聞こえた瞬間に海が見たい、人を愛したいなどと狂ったように叫ぶのである。お前は男子校出身の大学1年生かとツッコミたくなるようなレベルのわかりやすい内容ではあるが、それだけにポピュラーで、情感を乗せやすいのだろう、それにピアノ伴奏がかなり忙しいことになっている(ノーツ数的な意味で)ので、音楽教師としてはドヤ顔ができる点もそこそこ流行っている理由ではないかとゲスの極みかーびぃは思うわけである。今思ったけど任意の女性を人妻にできるって結構すごくね?わりとこの事実だけで結婚願望ちょっと出たよ。かーびぃはアホだ。

 タイトルはその最後の一節であるが、結局怪獣は怪獣のまま誰にも愛されることなく、下手をすれば海を見ることなく終わってしまうような終わりを暗示しているようにとれなくもない(たぶんとろうとする人間は相当ひねくれているが事実としてとれないことはない、というレベルだ、あんまりそういうことばかりしているとかーびぃになってしまうぞ)。怪獣は人間になることはできない。かーびぃも人間になることはない。たぶん。

 希望に満ちた未来なんてものはない。けれど、過去と幻想に逃げているだけでは結局死んでいるのと同じである。怪獣のバラードにそんなメッセージが込められているとは思えないが、この曲をぼくは歌う必要がある場面があり、そこで思ったのはそういうことだった。黒髪ロング一重まぶた微乳お嬢様系女子は常にイマジナリーではなくすぐそこに存在しているよと、つまりそういうことなんですよね。

 

 勘のいい方はお気づきだろう。もはやここまでくると落語家のまくらのような様式美をとりたくなってしまうのだ。これこそまさにかーびぃの悪い癖である。

 というわけで、うさぎやすぽん氏の「山羊の降る夜に会いましょう」について、批評させていただく。

 原文は以下から読むことができるので、批評を読みたい、という奇特な方は先にご一読されることを強くお勧めする。

kakuyomu.jp

 

 すぽん氏、処女作から数えると、ぼくが読んだ中ではこれで3作目になる。作品を追うごとに猛烈な勢いでめきめきと力をつけている印象が強い。彼の小説の特性として、フレーバーの注釈的装飾が異常に多い(たとえて言うなら司馬遼太郎京極夏彦にたまに見られるような)点があるが、それを物語の中核へと織り込んでいく構成力が前作(カレーの話)を大きく上回るレベルへと発展している。読者を物語へと引き込んでいく力というのは、つけたいと思ってもつけられるものではない。もとからかなりの文才があるとは思ってはいたが、費やしている力も並大抵のものではないことがうかがえる。

 とまあ、総論的な部分はいいとして。

 話を簡単に要約すると、とある大学生が、自分が恋しているサークルの後輩の夢と同じ夢を見ていることに気づき、夢の中でなんとか彼女を振り向かせようと奮闘するというものである。主人公の絶妙なふがいなさと、やたらに罵倒される友人のイケ(てる)メン(タル)スイーツ男子こと稲沢、イマジナリー系女子ことマオ先輩、少々ツンデレ気味のヒロインの親友細野さん、そして片言ヒロインの椎名梨子。というように、現代日本というシブイ舞台を選んだ割には過剰ともいえるくらいに各キャラクターの属性を立たせながら、その演出が繊細に必要最小限に抑えられており、予想していたよりもはるかに淡々と物語は進んでいく。主軸となるストーリー以外は、読み流しても大丈夫だし読んでみると面白いよ、というテンションなのが非常によかった。書き分けというのはなかなか難しいのである。なぜなら書く人は常に文字で同じ思考をしているからである。

 そして、おそらく本人がドヤ顔をしながら生き生きと書いたスイーツ情報が稲沢の口を借りて所せましと並べられ、主人公の坂本からはどえらいサブカル臭が噴き出し、全体的にかなりな臭気を放っているこの小説であるが、しかし、ストーリーライン自体は非常にシンプルで、それだけにキャラクターの動きが感じられる素敵なつくりになっている。普通の大学生ってこんなんだっけ、みたいな変なリアリティもある(そんなわけないんだろうけど)。この調子でめきめきとパワーを上げていったらたぶん2年後くらいにはどこかで本を出しているのではなかろうかと期待する。そのレベルの成長力である。ぜひもっとたくさんの小説を世に送り出してほしい。

 以上。

 

 

 大学生時代にまともに恋愛できなかった理由というのはまあいくつも思い浮かぶのだけれど、えてして(この前指摘されたのだが)男子校出身というのは女性との距離感をつかむのが苦手であり、その距離を調整することに難儀しているらしい。かーびぃはそのレベルですらないからよくわからないけど。なんかそこらへんの話もすこし書いてみたいと思いつつ、原稿全然進んでないし死ぬのかなとか思いつつ、今日はもう寝ようと思う。

 

 明日なんて来なくてもいいしなんなら次の日起きてたら3歳くらいに戻っていたい。