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かーびぃのメモ帳

球体の生物が日々感じたことをつぶやくよ!

始まったんだ 何言ってんだ 終わりじゃないのさ

 どうもかーびぃです。

 

 某合唱団の追いコンをぶっちするというとんでもないことをする腹をくくった。当然腹をくくる事情もあるので許してほしいし、別に許してくれなくてもしょうがないことではある。ぼくの問題ではない。だが、彼らに伝えきれなかったメッセージ、みたいなものが結構あることに気づいたので、私信レベルのものを取り除いたものをひそかにここで書いていく。というふりをしながらぼく自身の昔話がしたいだけなのだが。

 タイトルは9mm Parabellum Bulletの「Answer And Answer」のサビからとった。まさに卒業していく彼らに、ぼく自身が最も贈りたい言葉である。学生生活の終わりは、すなわちその先の未来へのはじまりを意味する。院に入ろうと、就職しようと、ましてや留年しようと、生活はかなり大きく変化する。自分が変化しなくても、同期が大きく変化したことによって自分が変化しなくてはならないことが増えてくる。ぼくはそれに気が付くのにじつに1年以上かかっていた。そもそも、今もまだ気が付いていないのかもしれない。

 ぼく自身が大学を卒業したのは、そんなに前のことではない。けれど、卒業を迎えた日々が、随分遠くに行ってしまったように感じるし、何より、あの頃保障されていた、意味不明なまでに絶対的な自由から放り投げられるというのは本当に奇妙な感覚で、ぼくらが享受していたのは途方もなく大きなものであったことを思い知ることになる。もっともこれは就職したことが大きな原因であるわけだが、自分の身近な人間がそうなっていくのを目の当たりにするのも、たぶん本人以上につらいところがあるのではないかと思う。精神が壊れた人間に誰も寄ってこないのは、決して薄情だからではなく、近寄ればそれだけ自分自身をも傷つけてしまうからなのだ。

 最近、どこに行っても自分がぽっかりと浮かんでしまって、うまくなじめていないことに気づいてしまう。それでもきっと気が付いただけ以前よりはマシになっているのかもしれない。という話を以前したが、最近になってその感覚が著しくなってきた。孤独というわけでもないし(どちらかというとそうなっていないから嫌なのだが)、日常生活に困っているわけでもない。ただ、他人とのコミュニケーションのとっかかりをつかむという行動が以前より難しくなっているように感じる。今まで以上に他人を理解できない感覚がある。おそらく、今までもそうだったのだが気が付かなかっただけなのだろう。そうは思っているが、それにしても自分はここまで浮かんでいたのか、という気になるしとても怖い。この社会で浮いているというのは非常に怖いのだ。セキュリティ上よろしくない。悪意に狙われれば即死なのだ。

 

 個人には個人の選択の自由が制度上認められているとは思うけれど、実質的に人間が取れる方策なんてたかが知れているという意味で誰も自由ではないし、そんな実態を知っておきながら制度上の自由を振りかざすのはつまり暴力なのである。社会は暴力であふれているし、暴力を振り払うには暴力を用いるしかないのだ。

 

 終わりが見えなくなった。ちーん。