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かーびぃのメモ帳

球体の生物が日々感じたことをつぶやくよ!

動かないことが生物としての死だというのなら、ぼくらは常に死にたがりながら生きているということになるのではなかろうか

雑記

 どうもかーびぃです。気が付いたら半月くらい更新していなかった。

 というかここ半月くらい完全にいろいろな活動が停止していた。それもこれもぼくの半径数メートルでぼくに深く関係する事件ばかりが立て続けに起こるのが悪い。

 

 昔、「笑う犬の~~(シリーズによって生活、冒険などと異なる熟語が入る)」というコント番組があった。当時のウッチャンナンチャンネプチューンの全盛期を象徴する番組であり*1、また今は亡き谷啓が普通にいたり、何かとお茶の間の話題の中心になり続けているベッキーが有名になり始めたのもこの番組からだったように思う。当時はビビる大木にも大内という相方がいたのだ。カンニング竹山の相方も普通に生きていた。*2そしてはっぱ隊の歌は大ブームを巻き起こした。そんな平成のお笑いブームの風がTMレボリューションのPV*3のごとく吹き荒れていた時代がかつてあったのだ。

 何が言いたいか。このころのテレビは話題の中心だった、などという懐古論的なクソどうでもいい話など天下の知能指数に自信ニキ*4ことかーびぃがするはずがない。そのレベルの中途半端にくだらない話などどこかのインターネット噺家(二つ目)とかに任せておけばいいのだ。そういえばササマツ師匠は廃業しちゃったね。あぼーん。(古い)

 ぼくは文系出身だけれど経済学部とかいう数字大好きなアスペ傾向マンかとにかく明るいヤリチン、もしくはふうせんポケモンしかいないようなクソオブクソ学部の出身であるので、政治学にも社会学にも疎いといういわゆる無能なザコなわけで、だからポリティカルコレクトネスという単語の意味がいまいちわかっていないのだが、直訳すると政治的な正しさということなのだ。ってことはアレか、多数決で決まったことはなんであろうと正しいということなのか。だとするならば舛添都知事はなにをどうしようがもう悪者だしベッキーはクソ不倫ウーマンだしもはやデマを流す奴が知識人としてやくみつる伊集院光と3人でクイズ対決する権利が与えられるみたいなそんなウルトラスーパーハイパーセンチメンタルクリティカルディストピアが広がり体中に風を集めて巻き起こせA☆RA☆SHI☆ってな感じになるわけですよ。現実としてそうなっているかというと必ずしもそうじゃないんですけど、そうであってほしいと思っている人がなぜだかすごく多いように思う。なんで知能指数に自信ニキことかーびぃ氏がそんな頭の悪いことを考えるかというと、こう、マスコミの動きとか、今のテレビの情報の切り方、ネットで見る記事の方向性から立体的にそんな雰囲気が描き出されるわけであって、いやあなんというか、世の中こんなにゾンビばっかりだったっけ?なんて思っちゃうわけですよ。ゾンビみたいな国だからまあしゃあないんですけどね。

 

 おあとがよろしいようで。

 

*1:語弊および異論あり

*2:どころかカンニング自体がたぶんまだテレビを主戦場としていない

*3:ようせいなーつがーむねをしーげーきーするー、の人。

*4:そのIQはなんと108という仏もびっくりな数字