かーびぃのメモ帳

球体の生物が日々感じたことをつぶやくよ!

太陽と空のあいだにそびえる空間を縮めるためにできることは限られているという絶望

 どうもかーびぃです。

 

 人間には生まれ持った境遇や特性によって、その人ごとの才能というものが存在する。それが例えば「最高にうまいカップ焼きそばを作る能力」であったり、「ポリウレタン製の薄いコンドームをものすごい速度ではめられる能力」みたいなほんの些細な、しかも場合によってはまったく発揮されることがないまま一生を全うしてしまう場合すらあるようなものであっても、きっとどんな人間にもなにかしらの才能が潜んでいるのである。

 また、同じことをやらせても十人十色の結果があり、どれがよろしいかという方向性を定めるのであれば当然到達度で序列が生まれる。人間にはその序列を認識する能力とその格差を是正するように労力を費やせる力がある。つまり、手数によっては持って生まれた才能による格差をひっくり返すことも可能であるのだ。逆に言えば、例えば本当にプロの世界で勝負をしていく場合、才能が十分になければ、他人よりもずっとずっと多くの手数をかけなくてはならないうえ、才能が十分にある人間から常に手数でアドバンテージをとれるように努力する必要があるのである。

 どういうことか。つまり、才能がある人間が手数をかければ最強であるということと、結果的に才能がある若手にその分野で勝つこと自体が非常に難しいということである。若いということはそれだけで手数を容易に増やし得るボーナスステージである。まず自由に使える時間が年長者より多くなりやすい。そして吸収力も高い。だから、才能のある若手はその世界で暮らしている年長者にとっては脅威となりやすいのである。自分の生活を脅かす存在となるのだから当然だろう。だから無能ほど若手潰しをしやすい。なぜならそれによって彼自身が生きている世界そのものの縮小を免れていないことに気が付いていないからである。凡人め。

 

 ねむい。