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かーびぃのメモ帳

球体の生物が日々感じたことをつぶやくよ!

削れて丸くなっていく僕らは石なのか、歯車なのか

 どうもかーびぃです。ちょっとサボると本当に何も更新しなくなる。

 

 インターネット噺家ことササマツ師匠がご復活遊ばれたことは記憶に新しいが、かといってその話をするほどかーびぃとササマツ師匠の間につながりはない。しいて言えば生年月日がぴったり同じということくらいだろうか。そんなありふれた奇跡を愛の軌跡に移し替えてあわよくば籍とポコチンを入れてしまうようなスーパーハイスペックおじさんになりたいなーならなくちゃー絶対なってやる(なるとは言ってない)。

 

 最近症状がひどい。なんの症状?と思う人はかーびぃのメモ帳をしばらく漁ってみような、察するから。症状が悪化する原因を早く取り除くべくぼくは動くべきだったのだが、結果的には真逆の行動をとってしまった、いや、取らざるをえなかったというべきだろうか。かくしてドツボにはまってしまったぼくは創作活動はおろか日常生活の復帰までにもかなりの時間を費やすことになった。ようやくこのメモ帳を更新できるようになるまで回復してきたところである。やられるのは一瞬でも、回復するまでにはかなり時間がかかることを学んだし、そもそもやられた後のリソースでは回復に回すだけのものが残っておらず、結果的に削られないようにするのが精いっぱいというのも学んだ。学びが多い。そしてそういったことは貧困に携わったことのない人にはわかりにくいのである。

 

 最近聞くのは、一億総中流時代には普通だったことがいまや普通ではなく、一部の勝ち組だけが手に入れられる世界であるという現状であるのだが、よくよく考えてみなくても、その普通だったことが勝ち組だけのものになってしまったことがまさに停滞であり、普通ではない日本の後退っぷりを示しているわけで、どうにかして昔に戻ろうと努力していかなければ今後どんどん教育力は低下し、高度な知的労働ができない人間が日本を埋め尽くしてしまって滅びてしまうことはもはや明白に限りなく近いくらいに現実の延長として差し迫っているのである。けれどそこにじっくりと取り組む人はわずかだ。なぜか。金にも票にもならないからである。そもそもその問題をとらえられる人間がかなり少ないし、その問題が解決したとしても、自分へのリターンが少ないとみんなが思っているからこそ、これは解決しない。共有地の悲劇と似たような論理で先延ばし先延ばしにされ、おそらく滅びるその時まで先延ばしにされるに違いないようにぼくは思う。この国の老人たちがそこまでお人よしではないことをかーびぃはよく知っているのだ、だから問題を解決させるには障害となっている人間を排除していく以外にないだろう。

 などという犯罪的な文章を書いていると誰かに付け狙われるらしい。