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かーびぃのメモ帳

球体の生物が日々感じたことをつぶやくよ!

高圧下で発生する化け物はたいてい人知を超えている

批評等

 どうもかーびぃです。

 非常に眠いし精神の調子がよろしくない。今朝なんか起きるのに1時間近くかかって会社に遅れかけた。原稿やるはずだった未来はどこへ。

 

 とかなんとか言ってないで、文フリ京都シーズン最後の批評を始めようと思う。

 

 ミスチルことMr.Childrenのアルバム「深海」に収録されている最初の曲といえば「Dive」そして「シーラカンス」である。激しく打ち付けるようなロックでありながらスローテンポであるこの曲は歌詞もかなりハードで、闇のアルバムとファンの間でささやかれている「深海」のメインボーンをなしているといっても過言ではないと思う。このアルバムはアタッカでつなぐタイプの曲が多く、気が付くと全体が聴き終わっているような、非常に一体感のあるアルバムである。

 

「無何有の淵より」著:ヨモツヘグイニナ(ヨモツヘグイニナ)

(評点 通読性:13、宇宙感:20、残響度:20、嗜好:7、闇度:A 合計67点)

 自分でもびっくりするくらい直球のマクラを配置しているわけであるが、この本を読んだとき、ぼくはまさにこのアルバムを思い浮かべた。各短編はそれぞれ濃密な個性と引きずるような闇を浮かび上がらせている。息をしようものならからだのあらゆる穴から海水が逆流してしまいそうな息苦しさを感じられるくらいに、全ての短編および歌集がストロングだった。

 ちなみに、サークル名の「ヨモツヘグイニナ」は深海に棲む貝類の一種で、熱水噴出域という高温の水が噴き出す場所に生息して、無機物の化学合成を行うバクテリアの力を借りて生息している。すなわち、生物の捕食等を行わない。だから黄泉戸喫なのである。古代日本神話に由来する、深海生物の名を冠するサークルにはぼく自身聞き覚えがあった。ひょんなことから出会ったフォロワーがその名をつぶやいていたのと、かなり前からサークルカタログ上にオススメとして出されていたことに後で気が付いた。隣のサークル名を見た時にどきりとしたのは秘密である。

 さて、話を戻すと、どの短編も圧倒的な群青色を漂わせ、それぞれに非現実という名の深海を見せてくれた。この本のコンセプトは「深海×神話合同誌」ということであるが、まさに全体を覆う神々しさと禍々しさが混然一体となった非人間性、ないしは非文明性に圧倒される。出そろった7名のライターはいずれも粒ぞろいで、同人界隈でもかなり高水準の創作力を持っているのではないかと推察される。ひとつひとつにいろいろ書いてしまうとぼくのぼろが出てしまうので書かないが(書かないのかよ)、特に最初を飾った彩村菊乃さんの「零本・人魚語水漬白玉」の隙のいっさいない語り口には呆然とするほかなく、また、磯村愛さんの「マリーへの手記、或いは沈める寺の一考察」も高度な教養を用いたプレイングで圧倒してくる。この巻頭2作品が合同誌全体の密度と方向性をはっきりと示唆するものとなっており、続くエヌさんの「乙姫の腹」、そしてこのサークルの主宰である狐伏澤つたゐさんの「華胥ノアナタ」はかなり標準的な線を持つ幻想小説で非常に強固な骨格を与えている。個人的にはこの2つの線がぼくは好きである。かーびぃ氏頭が悪いので難しいことはわからないんぢゃ。

 最後を締めくくる佐々木海月さんの「生命未満」は、この合同誌唯一のSFだが、その静謐さと透明さは高濃度ばかりが目に付くこの合同誌の中で異質に光る。ただただ、美しい。この小説が最後にくるのは非常にその通りというか、そうせざるを得ない。まさにミスチルの「深海」の「深海」に相当するものと言える。文章も非常にこまやかで丁寧に、それでいて高度さを必要としない素朴な言葉で綴られており、ぜひとも多くのSF好きに読んでいただきたい代物である。

 評点としては、収録されている短編があまりにも高度な教養と知識と読解力を必要とするものばかりであるため通読性が非常に低くなっている(ここまで評価したもののうちで最低)。逆に言えば、読む人を非常に選ぶ、同人誌らしい同人誌ともいえるだろう。

 こういうものを作ってみたいと最近とみに思う。

 

 以上、文フリ京都シーズンの批評でした。いくつかはテキレボ5でも出すとのことなので、覗いてみてはいかがでしょうか。そしてあわよくばわしのブースもきてくり~~D-05ですぞ~~