おもちくんのメモ帳

球体の生物が日々感じたことをつぶやくよ!

恵みや救いだけを押し付けられるその存在の願いを叶えられるものは果たして

 どうもかーびぃです。

 

 何度も出てきてしまうのは単によく聞くからなのでそこはもうお察しくださいとしか言いようがないのだが、このブログではおなじみのロックバンド、9mm Parabellum Bulletの曲に「光の雨が降る夜に」という曲がある。以下の記事を読む前に、できれば聞いてほしい。探してすぐ見つからなかったがバンドとしても知名度が決して低くないし、その中の有名な方の曲であるので聞くのはそんなに難しくないはずだ。

 ぼくはこの曲がとても好きだ。歌詞の完成度とそのデスパレートさ加減、そして時に演歌ロックとも評されるそのメロディアスな節回しもクサすぎずちょうどよい塩梅だと思う。なにしろ歌詞と曲の相乗効果がなかなかどうして、はまるのだ。

 

「NONE BUT RAIN」著:咲祈(モラトリアムシェルタ)

(通読性:17/宇宙感:23/残響度:24/嗜好:8/闇度:S 合計82点)

 

 まさかの総合首位+歴代首位の返り咲きで、物語として出来すぎているような気もしないでもないが、しかしながらぼくの主観としてこうなってしまった以上逆にこれをいじることそのものが、美しさに対する反逆のような気がして、調整を行わずそのままこのような形とした。史上初、2つのシーズンを首位で記事化されるという書き手は、おそらく師匠以外にいないだろうとも思われる。さすがはこのぼくが師と仰ぐほどの書き手だ、とこの作品を読んでとみに思った。

 この本を手渡されたとき、「批評に耐えられるかどうかわからない」という謙虚で控えめなことをコメントされたことを覚えている。確かに、先回、およびこのシーズンでもさんざん話にのぼっている師匠の前作「ファントム・パラノイア」とは全く趣を異にしているといっていい。ファンパラが黒色のパンツスーツで武装した姿だとするならば、こちらの作品は清楚でありながらどこか煽情的なピンク色のワンピースドレスだ。ある意味対照的であるがゆえに咲祈イズムを際立たせる結果となったのだと思う。その特徴的なすらりとした刀のような文体は流麗な太刀筋を描きながら健在しているが、それ以上に目を引いたのが、今までにあまり見られなかった、官能的な雰囲気である。もちろん、氏の作品にはそういった雰囲気のものがないわけではないし、実際濡れ場は非常に多く出てくるような書き手ではあるのだが、それは今までほぼすべて、陰惨さこそ放っていたものの、キャラクターそのものが持つなまめかしさというのを前面に押し出されてこない描写にとどまっていた。それがどうだろう、この作品は全然違うのである。主人公となる2人の少年の匂い立つような色気が小説内の文体全てに影響しているのではないかと思うくらい、とてつもなくエロティックで、読んでいてくらくらした。それだけ、氏は主人公の少年たちを特別にしたかったのではないか、と邪推したくなるほどで、だからこそこの作品は頭一つ抜け出ている。箱庭のような閉鎖性の強いファンタジーという枠だけでなく、あまぶんの仲にもジャンルのひとつとして確立されている「JUNE(異性愛でないもの)」としてこの作品を発表していることの意義がわかる。

 また、タイトルは直訳すれば「雨しかない」という意味で、これは本当にぼくの領域でのイメージとなるが、どことなく森博嗣の「ナ・バ・テア(None But Air)」(スカイ・クロラシリーズのひとつ)を連想させ、だからぼくはこの作品の愛称(略称?)を「ナバトレ」と呼んでいる。閑話休題

 物語の軸となっている「雨」は、少年たちの象徴でもあり、「地上にあるものを洗い流すもの」、「音を立てて空間を隔てるもの」、そして「やがては消えてしまうもの」という隠喩(引喩というのだろうか)が非常に利いているのが本当に美しい。この構造の美しさが、ぼくが咲祈氏を師匠と呼んでいる理由の一端であり、美しい構造の物語を書いていきたいとずっと思い続けてきている。

 「ファントム・パラノイア」と共にお勧めする作品である。また、文フリ東京23シーズンに続き2度目の首位という前代未聞の記録を打ち立てているのだが、これを読んでもらえれば、それは納得していただけるのではないかとも思う。

 

 以上、激戦のあまぶんシーズン、首位を飾ったのはここまでの歴代首位をキープしていた咲祈氏だった。予定調和で出来すぎているくらいが人間なのかもしれない。