ひざのうらはやおのメモ帳

サイコパスクソメガネが祈る墓標みたいなやつ

とけていくのは水だけじゃなくて生命とか時間とかもそうだと思う

 どうもかーびぃです。

 激戦のあまぶんシーズン、3位の時点でとんでもない評点になっている。

 今回は、その本を紹介したいと思うが、恒例のマクラから入ろう。

 

 THE BACK HORNの曲に「空、星、海の夜」という曲がある。静かに盛り上がっていく構成と、どこかで聞いたことのあるサビの旋律が特徴的だが、どことなく寂寥感と、すたれた文明のなかになぜだか取り残された人間の嘆きのように聞こえてくる歌詞が好きなのだが、この作品とどこかリンクしているような気がして、読んだ後に聞くとさらに味わい深い。

 

「魚たちのHO」著:孤伏澤つたゐ(ヨモツヘグイニナ)

(通読性:17、宇宙感:24、残響度:23、嗜好:9、闇度:A 合計80点)

 

 あまぶんシーズン3位に輝いたのは、文フリ京都の際に隣になった、インパクトの強い孤伏澤つたゐ先生の「一押しの頒布物」であった。80点を超える作品すべてに言えることであるが、この作品を読み切ったとき、ぼくは脱力した。これだ。ぼくはこのひとのこれを求めていたんだということが、読み終わってようやくわかる、そういった何か、同人誌に対する恋心みたいな気持ちが湧いてくるようなレベル、それが80点超えの世界なのだろう。確かにそういう意味では、先ほど上方修正を行った師匠こと咲祈氏の「ファントム・パラノイア」も同じような感覚だったと思う。

 

 さて、それはさておくとして、この作品がどういった小説なのかというところだが、これが非常にことばでの形容が難しい。遠い未来を想定した、一種のフューチャーファンタジーであり、登場人物がひとなのかひとでないのか、という謎もありながら段々それがどうでもよくなるくらいその関係性が美しくて、深海に沈んでいるようなきらきらとした鉱石を突如として見つけたような気分でずっと読み続けていられる。つたゐ先生独特の、主人公の心情と観察対象(客体)の動きにやわらかく触れるような文体が本当に小説全体を包み込むように、そしてぼんやりとした光を当てるように空間の美しさを増していく仕組み、これが本当に素晴らしいと思う。この作品はまさにこのひとにしか書くことが出来ないもので、それを見つけられたのもかつての出会いがあったからなのだ。

 作中では、水が登場人物たちにとって劇物であり、触れてしまうと溶けていってしまうという世界観で、それでもかれらはまだ見たことのない海への想いを馳せる。そのどことなく滅びと退廃(背景となる空間も相当に衰退し、もはや滅んだと言っても過言ではない文明が舞台だ)を背後に象徴させるのも見事すぎる。いや、そもそもこの作品に見事でないところなんて全くない。最初の1文字からつたゐ先生の空間が広がり、そこは常人の日常とは全く違う世界が広がっているのだ。そしてそれは最後の1文まで、ずっと続く。創作に対するある種の妥協のなさと、そこまで作り込むことのできる精神力、そして最後まで同じ文体を保ったまま力を保ち続けられるのは、もう、そう、天才と呼んで差支えがないように思われる。

 創作同人の世界に生きていると、本当にこの手の天才が海の中のプランクトンのようにわんさかと存在していることに常に驚かされるし、この中にぼくも泳いでいるのだ、という事実に背筋が涼しくなる。

 数日前だったか、同人創作者のなかでキャッチコピーをつける遊びみたいなのをしていたが、つたゐ先生のキャッチコピーは、さしずめ「水圧空間の女王」ではないかと思う。本当に、海をモチーフとした力のある小説を自由自在に書きこなすイメージが非常に強い。陸にいる姿が実はかりそめなのではないかと思ってしまうくらい。

 

 さび付いていく世界を眺め続けてそれでも磨いていかなくてはならないとしたら。

 読み終わるとそんな気分になります。そしてこの作品は別の作品の前日譚だとか。そっちの本編の方も読んでみたいと思う。

 

 さて、次は2位であるが、これもまた言語化に苦しむタイプの作品だ。心してかかりたい。