ひざのうらはやおのメモ帳

サイコパスクソメガネが祈る墓標みたいなやつ

弾丸を使うなら常に打ち抜けるように準備しておくべきなのだ

 どうもかーびぃです。

 

 というわけで、第6回Text-Revolutionことテキレボ6に参加してきました、というレポなんですけれども。

 

 結果から言えば、前回(テキレボ5)からは考えられない頒布数(総頒布数で前回の10倍)を記録し、自己記録2位タイという結果も残ったし、主催企画であった「みんなのごうがふかいな展」もおおむね盛況、かつ大きなトラブルも観測せずに終わり非常にいいイベントだったと思う。

 で、ここからはあくまで昔の話。

 

 正直な話、テキレボ5に参加するまではあまりテキレボというイベントにいいイメージはなかった。「そりゃたいへんだ。」というユニットを組んでいた時に、テキレボ2に参加したことがあるのだが、そのときは現場に行くことができず悔しい想いをして(1回目が面白そうな試みをたくさんやっていただけに)、それが強く残っていたためにテキレボ2では(今となってはもうできない)3編のアンソロを送り込んだりとそれなりに宣伝を打って出たが結果は文フリの水準をはるかに下回るものとなり、売り子に出ていた人間からもあまりいい意見を聞けなかった。中でも出てきた意見が、今でも散見される「内輪ノリについていけなかった」というもので、確かにそうであるならば、このユニットでテキレボに参戦するのはやめよう、ということになったのだった。

 

 それ以降、なんとなく遠巻きに眺めながら、ぼくは彼らが、今までぼくが触れてきた文芸創作畑の人間たちとは根本から大きく違っているということに気づかされた。この創作集団群は一体どういった行動によって創作活動を行っているのか、彼らは一体、テキレボという舞台を軸にどういった経済圏(もっと他にも言い表しようはいくらでもあると思うが、ぼく自身のフォーマットに落とし込むために、あえてこう表現することにする)を形成しているのかが非常に気になった。前回、テキレボ5に参加しようと思ったのはそれ以前の軽い気持ち(テキレボに参加するのを止める人間が誰もいなくなったという、本当にただそれだけ)であったのだが、それでも参加しようという強い気持ちを保ちつつ、今回も出ようと思ったのは前述の気持ちが非常に強かった。また、この空間であれば独自の軸を打ち立てて、他のどこにもない自分だけのマーケットを作ることが出来るのではないか、という気がしたのも事実である。

 実際、現場はぼくが考えた仮説に概ね合致していた。その仮説とは、ぼくの観測上では頒布数の(相対的)分布が二分されること、そしてその要因は企画参加の有無であること、非常におおざっぱに言えばそうなる。テキレボ終了後のぼくのタイムライン上では、まさにその格差が慄然と存在していた。それは前回の時点では見ることが出来なかった景色であり、そのぶんぼくがテキレボ村の住人をはじめとした文芸系創作同人界隈に入り込むことができ、その景色を良く見渡せるようになったことの証だと思う。

 また、テキレボの運営においては、頒布数を上げるような、商業的なノリのサポートが非常に多いように思う。イベント企画の多さと、そのバックアップの姿勢、そして情報網の広さときめ細やかさ、対応の早さ。これらは他の即売会運営が追い付けそうでまったく追いつくことが出来ないテキレボ運営の最強の強みであるといえる。

 イベント企画「みんなのごうがふかいな展」をやってみて、運営のその姿勢というものが非常によくわかったし、とても細かいところにまで目が行き届いているというところが印象的だった。他のイベント企画者が口にするように、本企画もとどのつまり俺得企画というやつである。他の企画のようなキャッチーさやわかりやすさは皆無、システムもやや複雑、宣伝は明らかに少ない。それでも相乗効果で前述の通り頒布数だけでも前回比にして10倍近い成果を得られた。このやったもん勝ちという雰囲気が、次々と企画が出ていく独特の風土を生み出しているのだろう。そして、何より頒布数以上に重要なのが、他の創作者との交流である。これが他の同人誌即売会にはないテキレボの最も特異な側面である。無料配布という概念がこれほどまでに多くのサークルに浸透しているのは、テキレボという場がたんなる同人誌即売会の場を超え、創作者同士の交流、いわば見本市、文芸同人界隈における豊洲市場のような力を得ているのではないだろうかとぼくは考える。もちろん築地市場は文フリだ。

 テキレボというのは、村の祭りであると同時に、政(まつりごと)でもあるのだなあと感じたのは、この企画同士の引力と、参加者の創作文化の違いが参加企画によって可視化されるというところから感じたものである。それについては別段伝えようとも思わない。単なる主観的な思い込みだ。

 願わくばぼくは、名誉村人のような立場になりたい。村の一員としてではなく、あくまで世界をさすらう旅人として、村の祭りを手伝っていきたいし、初めてこの祭りに参加する旅人をサポートできるような、いわば屈強な傭兵になりたい。参加してみて、なんとなくそう思った。先日ツイートした「テキレボが政治なら最大野党を目指したい」というのはかみ砕くとこういう意味になる。内部の人間としてできることよりも、少し外に軸を置いていたほうができることが多くなるというだけの話であり、そこにぼく自身の私情は皆さんが思っている以上に少ない。

 というのが一応のレポートではないレポートである。

 

 いすれにしても、ぼくはぼくの道を行くしかないし、創作世界で軸にしていることって、しいて言えばそれくらいしかないんじゃないかと思う。意外と根性なしだから。「ごうがふかいな」だって最近考えだしたものだしまだ何かぼくですらよくわかっていないのだから。