ひざのうらはやおのメモ帳

サイコパスクソメガネが祈る墓標みたいなやつ

無人の地球で遥かなる蒼を見つめる存在がいるのかどうかを永遠に問い続けていく

 どうもかーびぃです。

 文フリ大阪シーズンも、ついに最後の記事となった。ここまであまぶんと同じくらいに時間がかかったのは、冊数以上にぼく自身が疲弊しかけていたからだと思う。けれど、この最後の、シーズン1位の作品は、ふたたびぼくの創作意欲、ならびに批評意欲に火をつけてくれた。作者にはこの場をもって心から感謝したいところだ。

 

 さて、さっそく。

 

 梶浦由紀氏がメインコンポーザーとなり、プロデュースも行っているボーカルユニット、「Kalafina」。ぼくは少し遅めで、「魔法少女まどか☆マギカ」を知った際にその音楽性に初めて触れることとなった。そのどことなく呪術性のこもったハーモニーが非常に強い癖となっているが、氏の作風は比較的自由だなあとぼくは思っている。中でも「おっ」と思ったのはアルドノア・ゼロのエンディングだったかに使用されていた「Heavenly Blue」で、緩急のついた構成と、サビへ向かう急激な転調が、なんとなく宇宙が見えてくるような雰囲気があって、それでいて氏の特徴となっている呪術的なボーカルハーモニーが意識を急激に大地に縛り付けてくるし、なんというかSFってこうだよなあ、みたいな漠然としたイメージが常にぼくの中に存在しているのはこの曲のせいだといっても過言ではない。

 

「弓と空」著:佐々木海月(エウロパの海)

(通読性:20、宇宙感:23、残響度:24、嗜好:9、闇度:A、合計:83点)

 

 ということで、あまぶんシーズンによって塗り替えられた新記録は、文フリ大阪シーズンでより1点高く、佐々木海月氏によってふたたび塗り替えられた。これに関してはぼくの脳内では満場一致の結果であり、この先どうなるかは誰も予想がつかない。

 B6という少し変わったサイズで、かなりのページ数があり、同人誌の中でも非常に分厚い、骨太な物語だが、森博嗣の百年シリーズを彷彿とさせる静寂さ、ひとの温かみを極力排したことによる、逆説的な人間とはという問いが非常に強いSF力を示し、物語全体から漂う、行き着くところまで行き着いたロハス主義、みたいなのが突き抜けきっていて、文体自体も森博嗣のそれに近い、硬質な硝子の板を彷彿とさせるような物質的なもので、そのすべてがぼくのツボを打ち抜いているという奇跡の作品でもある。比べまくってしまって恐縮だが、森博嗣の好きなところを3倍に煮詰めたみたいな作品なのだ。

 物語の構造としては、複雑であるかのように組まれているが実際はシンプルで、時系列の異なる2つのノートからなっており、それが「世界最古の記録」であること、またそれが「物理的なもの」であるということ、このふたつの事実と、ノートに収められている内容が記されている、ただそれだけで、しかしながらただそれだけだというのに、描かれている世界観の説明は行間を含めて過不足がなく、氏の織りなす絶妙な距離感がここでも存分に活かされている。論理的に想像を巡らせば、語られている世界がどのような中に存在しているのか、そして2つのノートはどのように関係しているのか、どうしてノートは世界最古の記録となってしまったのか、というのがわずかずつではあるが次々と描き出されていくという点で、非常にハイコンテクスト、かつ、システマチックな作品でもある。これがSFなのだろうとぼくは思うわけだが、そう思わない人だっていていいはずだ。だけれどぼくはこれこそがSFだと間違いなく思う。というわけで、SFが好きな人はマストバイなのだ。それくらいのレベルである。

 息づいているキャラクターもなかなかに癖のある個性が光り、また、それぞれの関係性も美しい。後半は本当に美しさしかない。無駄なものが一切なく、それゆえに人間同士の会話や人でないものとの意思疎通のひとつひとつがたちどころに様々な輝きを見せ、物語の骨格を際立たせていくさまは本当に見事で、もはや見事すぎてなにも言葉にできないのが本当に悔しい。悔しいんだぞぼくは。

 この本を読み終わったとき、これで終わりなのか、という思いと、ようやく終わったという思いが混在した。それがとても不思議で、残響度24(歴代1位タイ)はその感覚に由来する。

 これはみんな読んでほしい。ぜひとも。

 

 という正直な感想が出たところで、文フリ大阪シーズンは終了である。

 ここから、はなけっとシーズン、テキレボ6シーズン、最後にみんなのごうがふかいな展特別シーズンとなる。

 また、みんなのごうがふかいな展特別シーズンにおいては、2018ステージの評点方法の試験運用をしていくつもりだ。こうご期待。