「(仮称)日本ごうがふかいな協会」準備委員会広報

サイコパスクソメガネが祈る墓標みたいなやつ

天上の歌姫を救うために旅立った彼らはまだ戻ってきていない

 どうもおもちくんです。

 

 去年で懲りた、とか言っておきながら、今年も創作の集大成の記事を書こうとしている。なんだかんだ、今年を総括する必要はあると思って、ここに書き残そうと思う。

 ということで、ここでは、今年を振り返って思ったことや、来年やってみたいことについて書いていきたい。

 ぼくがどういう人間で、普段なにを書いているのか気になった人は、このメモ帳の「シーズンレース関係」や「宣伝等」にカテゴライズされているものを読んでもらえれば、だいたいわかると思う。後述するが、そもそもぼくは自分の書いているものを明瞭に簡潔に説明できない。「ごうがふかいな」という概念はぼくが確かに発見したものだけれど、ぼくが書いているもので「ごうがふかいな」を含むものはそんなに多くないから、「ごうがふかいな」のひと、というのも不完全である。おそらくまともな活動としては、各即売会ごとに戦利品を評点化し、上位3作品について記事として紹介、それ以外でもひとことふたことブログでコメントする、という形式の「シーズンレース」であろうと思われる。このメモ帳を読んでいるほとんどのひとは、「シーズンレース」もしくは「ごうがふかいな」というキーワードから読んでいるのではないだろうか。というかそれ以外から読んでくださっている人は貴重だ。貴重であるとともに、おそらくそこまで有益なものが並んでいるとは思えないので、向いていないと思ったらすぐに読むのをやめてほしい。 

 

 ということで、本題に入ろう。

 

 2018年を、まず数字で振り返ってみたい。

 だが、弊社は秋の文フリ東京を境に年度を変えているのと、今年の秋の文フリ東京の前日に開催された「HUB a nice D」については2019ステージ(年度)の扱いなので、下記の統計には含めない。ご了承されたし。

 参加イベント数:11

※文フリ東京25、文フリ京都2、文フリ前橋2、文フリ東京26、文フリ金沢4、静岡文学マルシェ2、文フリ札幌3、テキレボ7、文フリ大阪6、あまぶん3、文フリ福岡4

 総頒布数:161(イベント限定頒布も含む有料頒布物の頒布総数)

 1イベントあたり:14.64部(小数点以下3桁めを四捨五入)

 ぼくの予想以上に1イベント当たりの平均頒布数が高くてびっくりしている。特に、6月の「静岡文学マルシェ」以降で平均を突破したイベントがテキレボしかないのがその理由だろう。文フリ東京25,26と文フリ京都2がかなり好調で、とくに文フリ京都2は限定頒布でおみくじを頒布(有料)したのでそれが数にカウントされているということもあった。おみくじだろうが有料頒布だから部数に含めるんだよ!!!!!

 まあそういうわけで微妙に数字をかさ上げしていなくもないわけであるが、それにしたって1イベントにつき15部近く頒布しているという結果はかなり衝撃的だ。ぼく個人の感覚でいえば、15はかなり多い。地方イベントなどに行くと、特に去年は0や1があたりまえで、多くても2ケタになるなんてことは大阪などの大規模なイベントでもない限りなかったし、実際今年もそれを大きく逸脱はしていないのだが、ずいぶん健闘したなと思う。少なくとも、数字だけでいえば、去年よりもずっと多くの方々に手に取られているという事実がある。これは、今後の活動を続けていくうえで大きなモチベーションの獲得につながる。ありがたいことだ。

 頒布数の分布は特に激しく、前半に集中している。文フリ金沢までの5イベントの合計が104なのに対し、静岡文学マルシェ以降の6イベントの合計が57と、ほぼほぼダブルスコアになっている。これの原因はよくわからない。特に後半が思った以上に伸び悩んでるなあと思っているので、多分後半落ち込んだ理由がわかれば、もっと頒布数を伸ばせるような気がする。

 もっとも、来年以降は出るイベントの数を減らしていく方針なので、必然的に総頒布数は減っていくと思われるし、そもそも頒布数を伸ばしたからといってぼくのモチベーションにそこまで影響するかというと、まあ微妙である。というのも、ぼくは他人の反応がどうであれ小説を書くだろうし、書いたものは本にしてイベントに出たいという気持ちも多分他の人からの反応如何で変わるようなものではないからだ。この辺は「おもちくんメソッド(後述)」で掘り下げていきたい。

 

 今年出した本

 「Ophiuchus Ep.0 発端」A5サイズ 300円(文フリ京都2新刊)

 「まんまるびより 第1集」新書サイズ 850円(文フリ金沢4新刊)

 「Ophiuchus Ep.1 断罪者の矜持」A5サイズ 1000円(テキレボ7新刊)

 「まんまるびより 第2集」新書サイズ 850円(あまぶん3新刊)

 「煤煙~浦安八景~」文庫サイズ 500円(文フリ東京27新刊)(※2019ステージ)

 

 5冊出した。イベントに多く出ているせいで感覚がマヒしているが、去年の3冊からさらに2冊も出しているし、しかも前半は完全に原稿が止まってしまっていたことを考えると、後半のエンジンのかかりかたが尋常じゃなかったのがうかがえる。しかし後半は執筆こそすさまじい(当社比)量だったが上記の通り活動実績としてはふるわなかったので、なかなかままならないなあとも思う。

 あと、今年はコンテストにも応募した。もう終わったことなので明らかにするが、文學界の新人賞と、群像の新人賞に向けて原稿を書き、うちひとつを文學界に送り込んで、もう片方は断念した。その両方を来年に同人誌として発表したいところだが、結果の如何によってはそれも難しいかもしれないと考えている。そして、新たな試みとして、小説投稿サイト「カクヨム」のコンテストである「第4回カクヨムWeb小説コンテスト」と「カクヨムWeb小説短編賞」にも応募してみた。どちらも読者人気で第一選考を行うという投稿サイトらしいやりかたをしているが、これはこれで面白いと思いつつ、読者人気でやられちゃうと絶対残らないなあとも思ってしまう。

 ちなみに、参加した作品は下記2つ。

kakuyomu.jp

 ひょんなことから最愛の幼馴染を失った男子大学生真中浮人が、周囲の怪異を解決していく物語。現代ファンタジーでありながら最後は鮮やかに世界が崩壊していくという弊社最ごうがふかいなを誇る作品で、21万字は完結している作品の中では最も長いものになる。10万字以上という規定があったためこの作品しか参加できなかったため出したので、正直選考に進めるとは露ほども思っていない(なにしろ5年以上前に書いたものだ)が、それでもなんか祭りみたいになってるし応募要項は満たしているしで出すことに決めた。

kakuyomu.jp

 こちらは短編小説賞に応募した。1万字以内でそこそこ書けている中で、エンタメ要素を多分に含むというところではこれが適切ではないかと思う。ぼくはエンタメを書くのが得意ではないし、この小説もエンタメのつもりで書いたわけではないのだが、エンタメの要素は満たしているものと思われる。球体の生物が経営する酒場で繰り広げられる悲喜劇、といった感じだろうか。

 

 この1年で気づいたこと

 2018年で気づいたことはいくつかある。

 まず、ぼくは小説を書くのが少なくとも好きではないということ。これはもう認めざるを得ないだろうと思う。小説を書くよりも何十倍もゲームをしていたい。でも小説を書かないでいると死んでしまうかもしれない。だから書いているし、書いたものはせっかくだから人に見せたいし、見せることによって何か、風が吹いて桶屋が儲かるみたいな妙な相乗効果みたいなのが生まれればいいと思っている。それ自体が、ぼくがこの世界に生きた証みたいな、そんな感じだ。

 あと、意外と小説を書くことそのものが好きで同人活動をしている人が多い。多い、というのは、ぼくの考えではせいぜい7割くらいだろうと思っていたのが、9割くらいなんじゃないかと感じた、という意味である。少ないと思っていたわけではないが、予想以上に多かったので少し戦略を変えていこうと思った。これに関しては、むしろぼくの考え方が武器になるところがあるので、特に悲観はしていない。

 また、ぼくの小説は非常に広報が難しい部類のもので、多くの人の心に残るようなものではない、ということにも気づいた。これはいい悪いとかそういう問題ではなく、性質としてそうなるというはなし。ぼくの出す文体そのものが、多くの人の心に印象として残りにくいという、同人運営上としては極めて致命的な欠点が明らかになった。

 どういうことかというと、自分の作品の推薦文を書けないどころか、読み手にもなかなか書いてもらえないということである。ほかの、例えばそういったものが得意な書き手の手にかかれば、「この作品は眼鏡男子とメンヘラ女子のめちゃくちゃ危険でエッチな恋愛小説です」とかそういう紹介文を書けてしまうところを、ぼくはそういった風に書ける小説をそもそも書いていない、書けていないという事実が判明したのである。これはぼくの告知の方法を見ていればわかると思う。ぼくは主に、作品の説明としてジャンル名か「ごうがふかいな」しか言ってない場合がほとんどである。つまり、説明していないのだ。これではなかなか初見のひとが読もうという気持ちにならない。それはわかっているのだが、しかし具体的な説明力をもたないのだから仕方がないのである。

 ぼくが普段、「シーズンレース」という評点形式の同人誌紹介企画を行っているのは、そもそもが自分のプレゼン力を高めるためという完全な私利私欲のもとにやっているのであるが、継続してそんな訓練を行っているぼくをもってしても自作を効果的に紹介するのは難しい。難しいし、正味のところ、そんな簡潔に説明できてしまうような小説ならば書かない方がマシだと思っている節もある(だがしかし、簡潔に説明をしていても書くのに値する小説も実際問題として存在する)ので、それはそれとして仕方がないのかなと諦めてもいる。同人活動を継続するにあたって、諦めというのは非常に重要なウェイトをしめるといってよく、ぼくはこの諦めのバランスにおいてのみ、同人活動に極めて向いているように思う。

 今年気づいたこととしてはおおむね上記のことだろうか。それ以外にも細かい部分はあるが、諸事情によりここでは割愛する。

 

 来年やりたいこと

 さて、2019年でやりたいことについても書いておきたい。どうせ次この記事を見返すのは2019年もほぼ終わりにさしかかった頃、と思うので、あくまで予定というか、備忘録にすらならない、ただのインスピレーションのマイルストーンとして。

 現時点で、アンソロジーをふたつ企画している。いずれも来年前半には刊行できるようにスケジュールを組んでいて、どちらも比較的シンプルなものにしたいと思っている。参加者の文体をそのまま楽しんでもらうような味付けにできればなあと思う。

 純文学系の公募、特に五大、あるいは六大文芸誌と言われる文学賞にはすべて応募してみたいと考えている。ただこれは来年に限った話ではなく、いずれは、というところ。前述のとおり文學界には応募してみたので、次は断念した群像や春に締め切りのある文藝、すばるなどにもアタックしてみたい。ただ来年はちょっと無理かもしれない。

 また、コンテストに出したものが平成の終わりを意識させるようなものだったので、できれば元号が変わったあたりで本にしたいと考えている。これはコンテストの結果にもよるので断言はできないが、おそらく一次落ちすると思うのでその点は問題ないと思われる。

 ここまで書いたものの続編で、まだまだ詰まっているものがあるので、それを解消していきたいとも考えている。もともと続編を書くことは得意ではないのだが、読み手にある程度の需要があるとわかったので、なんとなく考えてからようやく形になってきたものが、いくつかある。当該作品の在庫がなくなる前に作りたいとは考えている。

 最後、もっともやりたいことは、「おもちくんメソッド」と題した、独自のメソッド本、というていの哲学本を出すことである。というのも、前述したように、この界隈は書くことが好きで好きでたまらないひとが大多数を占めているので、そうでない人はぼくのように非常に肩身の狭い思いをすることになる。大多数の方々には想像ができないかもしれないが、そうなのである。そういったひとたちは、そうでない人よりずっとずっと、同人活動を継続していくことが困難な状況にある。やめたいならやめればいい、というのは正論だが、それではあまりにも、「もったいない」ひとが多いのもこの世界の残酷すぎる真実で、ぼくはそういった才能に溢れている書き手にできるかぎり生き残ってほしいと考えている。だからこそ、ぼくがふだんやっていること、意識していること、その奥にあるもの、というのを赤裸々に開示することで、ひとつの参考として欲しいし、参考としたいという需要が少なからずあるように感じたので、なんとか出したいと考えている。

 迷っているし、どうするかはまだまだ案の段階なのだが、「おもちくんメソッド」は「同人編」と「創作編」に分けようと思っている。片方だけ必要な人のほうが多そうだというのと、「創作編」のほうに実践的でないある種の哲学を書きたいという欲がある。ただ量が稼げないこともあるし、あくまで希望である。

 

 そんなところで、今年の総括の記事を書いてみたのだった。

 各イベントのレポートなどは、多分ぼく以上に詳細にうまく書いている人がそれこそ山ほどいるだろうから、ここで書くことはやめた。書くにもそれなりに人を分ける内容になりそうだったというのもある。

 というわけで、来年もよろしくお願いします。