かーびぃのメモ帳

球体の生物が日々感じたことをつぶやくよ!

親の影におびえながら、己の直感をひたすら信じ続けるばくち打ち

 どうもかーびぃです。ぼくがぼく自身の今までの人生を評価するなら、おおよそタイトルのような、そんな感じだろうと思います。大学時代の人間には何度か話したことがあるかもしれない。

 話は変わるが、ぼくは今満足にお酒が飲めない。飲まないとかそういうことではなく、仮に飲んでしまうと肝臓の負担が過剰になり、危険だからという理由で飲まない。それは薬を服用しているからに他ならないわけだが、それについてはまたの機会に(思わせぶりかーびぃ)

 

 ぼくの両親は、社会的にはともかく、非常に教養を重んじるし教養こそが常識、みたいなサブカル系カップルだった。ここでわざわざ「サブカル系カップル」という言葉を使うところから、ぼく自身の性格と両親の関係のありようを類推してくれ、などとかーびぃは供述している。当時からすれば有名国立大学出身の父親はともかく、そこそこ有名な私立の四年制大学を卒業している母親ですらも高学歴と言えるだろう。かーびぃの両親は言ってしまえばそういう年代だ。だから教育というものの価値を非常に重んじていた。まあここまではいい。その両親のもとに生まれてきてぼくは多大なる感謝をしている。もちろん本心では嘘になるが客観的事実から言ってもぼくは両親に多大なる感謝をすべき存在なのだ。ぼくに感謝という感情がないのがよくないだけである。かーびぃいくつか重要な感情が欠落している。

 ここで話は少し飛ぶが、小学生時代のぼくは中学受験塾に通わされていた。いや、正確に言えば塾に行きたいと言い出したのはぼく自身だが、それはそれまでやっていた公文式があまりにもつまらなすぎて、その塾の入塾問題が死ぬほど楽しかったことに端を発する。その塾とはかの有名なNバッグのあそこ(以下Nとする)である。当時Nは大規模に事業を拡大している最中で、たまたま家の近所にNが出来たので行ってみたのだが、ぼくはその問題の面白さに衝撃をうけた。実のところ、公文式でも自治体レベルではランカーになっていたので、学校の勉強など面白いとおもったことは何一つなく(ただの作業ゲーだし)、公文式の問題もそのころにはクソつまんないものになっていた。特に国語の問題がクソつまんなかった。今でもあの問題の作者にはクレームをつけたいくらいつまんない。本当にそのころはそう思っていた。今やったら面白いと言えるのかもしれないけれど。

 話がごちゃついてきた。かーびぃは話をまとめるのが苦手だ。ぼくはとにかく面白いものしか解けない。こればかりは本当にどうしようもない、そういう風に脳味噌が出来ているのだ。仕事でもよく言われるし、多分発達障害以外にも学習障害かなにかあるのかもしれない。そこまで社会生活に困窮していないからまだいいけど。

 で、話が唐突にまとまるわけだが、そこで出会った一人の教師がいた。彼は二十代にしてNという大手塾のエース講師として全国を駆け回っていた(かーびぃは誇張が多い)そうだ。それくらいのものすごい講師である。そんな彼に教えてもらっていたというだけでも幸福だったのだが、彼はぼくに、「学ぶことは必ずしも苦しくなくてもいい」というその後のぼく自身の人生を切り開く鍵(まさにキーブレードみたいな武器を兼ねるようなやつ)となり、またぼくが完全に他人への理解を拒むもととなった価値観を与えてくれた。これまでずっと考えてきたのだが、ぼくの精神的引きこもりとも言える本質的な共感を拒む癖と、その絶望的なまでのコミュニケーション障害を保持していながらもそれなりの社会生活を送れている理由と原点が、こんなところにあったと気が付いたのは本当にさっきだ。そして話がまとまってない。かーびぃは自分の話にツッコミをいれるのが好きだ。

 まあじゃあなんでそんなんなってしまったん?って聞かれると困る。そうするには洗いざらい話さなきゃいけないしそうするような義理の人間などいるはずもない。かーびぃは義理堅い生き物なのだ。

 

 疲れたしこんなんで妥協していいかな。