かーびぃのメモ帳

球体の生物が日々感じたことをつぶやくよ!

なんでもないようなことが不幸せに見えるときが実は正常、みたいな言説

 どうもかーびぃです。

 

 今日の昼、上野の店で食ったビリヤニランチがめちゃくちゃコスパがよかった。よすぎた。うまいし量がものすげー多い。

 ちなみにビリヤニとは南インド料理で、簡単に言うとカレーの炊き込みご飯みたいなやつである。カレーとはまた異なる様相で、何しろインディカ米のパラパラ感と汁吸ってる感がものすごく感じられる料理でぼくは好きだ。まあでも確かにインド料理では少しマイナーかもしれない。地元のインド料理店では取り扱っていないし、ぼくも最近そんな料理があることを知った。

 

 人間誰しも、相手の出方をうかがって、逆張りしていくことってあるのだと思う。ちなみにかーびぃはそんなことばっかりである。ぼくにとって他人が味方になることはない。利害が一致するとか、そういうことで一時的に共同戦線を張ることがあるかもしれないが、心の中では「こいついつかぶっ殺してやる」という感情が常にある。それくらいぼくにとって他人は信用ならない生き物だ。ちなみにかーびぃは意外かもしれないが集団競技はそこまで苦手じゃない。なぜなら、かーびぃは苦手なものがはっきりしているので、それが得意な人間にそれをやらせて、かわりにそいつを援助するという共同戦線が張れるからである。

 そもそもだ、社会性がない人間というのは、もっとも社会で活躍しやすい人間なのである。他者とのコミュニケーション能力が欠如している人間というのは、それを自分の行動で補う癖がついているので、概してコミュニケーション能力が高い人よりも他の能力の水準が高い。つまり、他人に抱いている不快感とか嫌悪感とかを全部飲み込んで感じないようにすれば、めちゃくちゃ強い人材になるし、そういう社会不適合な人間を排除せずに、社会で活躍させるのが成熟した社会の在り方である。したがって、社会不適合感を持っている人間を排除しようとする社会は、不健全なだけでなく、非合理でもあるということである。

 

 そんな屁理屈を言ってないで寝ような。