ひざのうらはやおのメモ帳

サイコパスクソメガネが祈る墓標みたいなやつ

墓標代わりにゼロキロポストを目指して

 

 どうも、ひざのうらはやおです。

 

 先日記事を書いたが、ぼくはまさに「存在しない読み手」に囚われていた。今もそこから脱却しきれていない自分を感じる。しかし、それはもう済んだことだ。しばらくぼくは新しいものを出せる環境にない。

 

 さて、すべての活動が終了し、休止期間に入ったのであるが、先日のイベントに惜しくも参加できなかったり、実は作品を楽しみにしていたのだがぼく自身と顔を合わせたくなかったり、その他さまざまな事情で、ぼくの作品を読みたいというひとは一定数いるものと思われる。また、休止する旨を受けて、ありがたくも委託頒布を引き受けてくださるサークルさんがあった。ここで、休止期間中における弊サークルの取り扱い頒布物について、整理し、まとめることとする。

 

委託頒布物

 以下の作品については、ありがたくもそのサークルの出展イベントにおいて頒布することを引き受けていただいたので、委託先サークルのみ取り扱いを行うものである。

 なお、取り扱いサークル名および代表者名については敬称略とする。

 

 1.「煤煙~浦安八景」

   サークル「ドジョウ街道宿場町」(代表:今田ずんばあらず)

 

 2.「おもちくんメソッド〜創作同人活動に行き詰った人のための、明日を生き抜くヒント〜 同人編」

   サークル「ドジョウ街道宿場町」(代表:今田ずんばあらず)

 

 3.「平成バッドエンド」

   サークル「デスポリンキー食堂」(代表:にゃんしー)

 

 4.「ラブホテルアンソロジー 満室になる前に」

   サークル「白昼社」(代表:泉由良)

 

 そのため、上記4作品については、通販を行わないものとする。なので、これらの中でほしいものがある場合は、そのサークルの出展状況などをチェックしていただければと思う。どのサークルも関東および関西どちらにも出展経験・出展予定があるし、ぼくがこれまで出ていたイベントに実際に出展している方たちであり、ぼく個人として信頼できると思ったので、委託という形態は本来やらない信条であったのだが、今回お願いしている。もし、参加したいイベントに上記のサークルが軒を連ねていたら、チェックしてみてほしい。

 

通販

 

 それ以外の作品で、ちょっと特別な事情がある「順列からの解放」を除いたすべての頒布物については、一部条件や頒布価格などを改訂し、「booth」にて通販を行う。

 ただし、これらは在庫がある限りとし、在庫がなくなった時点で終了とする。

 当該ページは下記の通り。

hizanourahayao.booth.pm

 なお、当方これから数日がかりの泊まり出張に出たり度重なる残業があったりと非常に不安定な仕事スケジュールとなるため、納品についてはかなりまちまちであるというところを申し添える。ページにある通り、15日以内の発送という非常に長い納品期日になっているのはこのためである。気長に待ってほしい。

 そういえば包装用の袋が切れかけていたのを思い出したので、もしこれらの作品が欲しいという方はとりあえず6月以降の発注をしていただけると大いに助かります。

 あと、これらはすべて安心boothパックというのを使ってみる予定。実はあんまりよくわかってないんだけどヤマトの営業所に行って送り状を発行するのはよくやっているので、それでなんとかなるんじゃないかと思う。

 どうしても欲しいという方向けであんまりおすすめしません。なぜならぼくが慣れていないから。

 

 以上が、休止期間中にぼくの同人誌をやりとりする方法である。

 

 また、ぼくはできることなら再び復帰したいと考えている。ただし、それに関しては復帰すべきときが来ないことには意味がないと考えているし、事実現時点で小説を書くスキルはまだまだ復活したといえるレベルには到底達していない。そこで、下記の作品を、ぼくが定めた復帰日までに初稿完成以上にすることを課題とし、それができなければ廃業しようと考えている。

 ぼくが定めた復帰日については、ここでは明言しない。ツイートの中にいくつかヒントがあるし、実は「平成バッドエンド」のとある部分にそれについてのメッセージを暗号として残してある。どうしても気になるようであれば参照いただければ幸いである。一応、意味があるし、けれど他人にとっては何の意味もない日である。

 しかし、復帰課題作については、今後の予定とぼく自身の決意表明のために、ここで記しておきたい。なお、タイトルについてはプロジェクト名であり、正式なタイトルではないことを申し添える。

 

 1.「〇(ゼロ)」

 ノンフィクション風の回顧録のようなものを想定している。ぼくはいかにして「かれ」とであったのか、「かれ」はなぜ小説を書くことに取りつかれたのか、「かれ」とは一体なんなのか。それを、ぼく自身の記憶とぼく自身の原稿(未発表および未完成も含む)を参照し、時に引用を交えながら、ここまで行ってきた同人活動についても振り返っていく。先日の記事にも予定部分の引用があったとおり、この作品に関しては初稿を出来た部分から一定の段階で公開しようと考えている。

 「かれ」は身体をもたないし、記録もない。ぼくの中には「かれ」が残した小説と、その記憶しかない。

 だからこそ、ぼくは小説をもって、「かれ」を弔いたい。

 この作品は、その墓標となることを想定している。そのため、この作品の完成なくして、ひざのうらはやおの復活はありえないと判断し、課題作とした。

 

 2.「現石(ゲンセキ)」

 鉱石トリビュート短編集の第2弾である。弊サークルの中でもかなり好評を博していた「幻石(ゲンセキ)」の続編にあたる。存在しない鉱石のアンソロジーであった「幻石」と異なり、この短編集は実在する鉱石をモチーフとした、過去作品のリメイク集とするつもりだ。これらは収録予定作の初稿をすべて完成させた時点で「初稿完成」とみなす。

 「幻石」登場時から刊行が望まれていたこと、また、当初からコンセプトを変更し、そこに「過去との対峙」を含めていることから、今後活動を継続するためには避けて通ることのできないものであると判断し、課題作とした。

 

 3.「令和(レイワ)イクリプス」

 タイトルから想像できる通り、最後の新刊であった「平成(ヘイセイ)バッドエンド」の対をなすものである。連作短編集で、SFを基軸とした作品集を想定している。「平成バッドエンド」である種のカタストロフを描いたわけであるが、こちらはその一歩先に進んだものを、淡々と描いていきたいと考えている。これから先、この社会はどうなっていくのか、ということに関して思いを馳せた、そんなものにしたい。

 実のところ、「平成バッドエンド」でぼくは書ききれていない部分が多くあった。それを補完するための作品を復帰作として出したいので、こちらも課題作とした。

 

 これら、3作品について当面は執筆を行っていく。とはいっても、おそらくこの半年くらいはまともに原稿を進めることすら難しいだろう。全力のぼくが、この3作をすべて書くとしたら、おそらく半年くらいかかる。よって、これらを完成させるということはなかなかにハイリスクであることがみなさんも感じられることだろうと思う。

 しかし、そうでもしないかぎり、ぼくはおそらく自分の命すらもつなぎ留められないのではないかという気がしている。

 このメモ帳を継続的に読んでくださっている方は頻出となるだろうが、とどのつまり、ぼくは小説を書かなければ生きられない人間なのである。かつて、書かないで過ごすという生き方を探したことがあるが、できずにここまでのろのろと生きてしまっている。しかし、書き続けるからには、生半可なものを書くわけにはいかない。それは「存在しない読み手」という生易しいものではなく、他ならないぼく自身の強い要求による。ぼくはぼく自身を取り戻すことすら容易ではない。それは、そもそもぼく自身に存在する自我が希薄で、形のない氷みたいに、輪郭があるようでない冷たいなにかだからだろうと考えている。けれど自我が希薄であるということは社会的に無防備であることと同義である。だからぼくはそう思われたくない一心で、ここまで生きてきたのだろうと思う。「存在しない読み手」に囚われたのは、おそらくそれを見抜かれた結果だろう。

 それを脱しない限り、おそらく上記3作品を書くことは難しい。

 逆に言えば、これらを書いたとき、ぼくは少しでも現状を脱しているのだと信じたい。そうすることによって「存在しない読み手」に対抗することができるのであれば、それはやるしかないのである。

 数年ののち、これらを携えてかえってくるぼくを、ぼくが一番期待している。

 

 だからどうか、安心して待っていてほしい。

 

 

「存在しない読み手」と「わかりやすさの磁力」について

 どうも、ひざのうらはやおです。

 

 昨日、第28回文学フリマ東京が開催されました。これにて、ぼくの活動は休止期間に入ります。立ち寄っていただいたみなさん、ありがとうございました。そして、忙しくて立ち寄れなかったみなさん、またいつかお会いしましょう。さようなら。

 

 今回は、速報値で総頒布数86部を、実数で96部を記録し、前回までの記録である48部(テキレボ8)の2倍となる実績を残した。最後のイベントということもあり、今まであまり訪れることのなかったひとや、中には文学フリマなどの同人誌即売会そのものが初めてというひとにも来ていただいた。ひとりひとりにありがとうと言いつつ、しかし欲を言えば、最後であり最大のイベントでもあって、運営発表では5000人以上の来場があったというこの地で、ぼくは100部以上の頒布をしたかったし、それを見込んで搬入をしていたから、少しばかり無念だ。

 去年の秋、第27回文学フリマ東京では、搬入さえ潤沢であれば50を超えられたのではないかと思うほどの人出だったし、勢いがあった。ひとえに新刊であった「煤煙~浦安八景~」が十分な数を用意できず、午後2時を迎えることなく、つまり前半時点で完配してしまったのが災いし、それ以後の方がずっと人出があったのに伸びなかった。その反省を生かし、また前回の勢いを超えていきたいという思いがあったので、ぼくは新刊「平成バッドエンド」を含め全部で300部、段ボールにして4個口を搬入するに至った。島中である。実際隣近所にこんな搬入の仕方をする人間はいなかった。あたりまえだ。常軌を逸している。しかも実際、在庫の半分以上は返送しているのである。もちろん、そうでなければいけなかったから、やったまでなのだが。

 この数字を多いと思うか、少ないと思うかは経験や感情などに左右される。あえていえば、先程も述べたように、ぼくの実績としてはきわめて多い数字だし、文芸小説界隈で同人誌の頒布をしている人間なら、普通はぼくと同じような感覚になると思う。

 合同サークル時代から足かけ6年、大学時代のコピ本制作から含めると足かけ9年やってきたことになるが、先日のイベントまで、一回で50部を出したことは一度もなかったし、さらにいえば、ぼくがこうして「シーズンレース」などの企画を始めた2年前の水準では、そもそも10部を出すことすらほとんどなかった。しかし、先述したように、ぼくはこの96という数字を少ないと感じた。それは、ぼくが活動を休止するということで最後の機会にと訪れてくださった方の分や、ぼく自身の広報や告知の能力、また(少し傲慢な部分ではあると自覚しているがあえて書くと)ぼく自身の書き手としての実力(それはひとから認められる、という意味である。ぼくが認めているということではない)を考慮すれば、十分に3桁の頒布に到達することが可能であると考えていたからだ。

 結果として、それは間違いだった。後述する文章から曲解されても困るのでここで明確に書いておくが、これはイベントのせいではない、ぼくの全力が、ぼくの期待に負けたというただそれだけの事実で、ぼくの全力は「こんなもの」だったという、それだけのはなしなのだ。だから、非常に悔しいし、悲しい。「かれ」を失った代償はぼくの想像を絶していた。それについては長くなるので、別のところで書きたいと思う。


  休止するついでに、今まであまり語ることのなかったことについても少し書いていきたいと思う。ここからしばらくぼく自身、もしくはぼくらのことについて書かせていただきたい。


 ぼく、もしくは、ぼくらは自分の中での考えがまとまらないうちに決断をし、あとでそれがどういう考えのもとでなされたかを考えて生きている。だからこれから語ることは正直な話時系列的には正しくないのだが、思考系統の時系列としての整合性を優先して、あえてそのまま書いている。実際には考えながら書いていたということだけ記憶していただければと思う。


 ここまで、このメモ帳を読んでいる人のほとんどは、ぼくのことを全く知らないか、「シーズンレース」とかいうよくわからないシステムで同人誌を評価しているひとという風に思っているかのどちらかであろうと思う。なぜそんなことを始めたのか、疑問に思うかもしれない。非常に端的な答えを提示すれば、そんなことをする理由はただひとつ、ぼくの小説を、ぼく自身の手によってひとりでも多くの、必要とすべきひとに届けるためである。それ以上の理由はない。それ以外はすべて、副次的なものである。
 2年前の秋、ぼくは短編集「順列からの解放」を発表した。これは執筆に18ヶ月、構想を含めると24ヶ月と、当時の自分にしては異常なまでに時間がかかった短編集であった。それだけ時間がかかったことの主な要因は、巻末作「春なのに工事中」の執筆の進捗だった。いくら書いても終わらない。予想字数をかなりオーバーしているのに、いっこうに終わりが見えず、それでもただ場面を進めることができずに一進一退しながら、なんとか秋の文フリ東京にギリギリで間に合ったという作品だった。作品を読んだ方はわかるかもしれないが、これは当時のぼくの心境をひたすらに吐露した、ひざのうらはやお的私小説のスタイルを確立した作品になった。それ以外にも、この「順列からの解放」に含まれている各作品は、どれも現在のぼく、あるいはぼくらの主要スタイルの端緒となっている。それに関しては当時自覚はなかったが、それでも当時は別の意味で確実に手応えがあったし、最高の出来になったことを自負していた。しかし、初動はわずか4部だった。

 今となれば思うが、当時の規模からすればさほど悪い数字ではない。けれど、その前の作品(そのタイトルはあえて割愛する。長すぎるから)よりも少なかったことにぼくは衝撃を受けた。自分の最強であると認識し、確信したはずのものが、前作を超えるどころか、下回っていたことを受け入れられなかった。

 数字というものは、それ自体はなにも示さないため、一見するとたかが数字と思われがちであるが、明確で具体的な証拠として、あるものは帳簿に、またあるものはデータに、それ以外のものはだれかのこころの中にはっきりと残ってしまう。この場合、残ったのはぼく、あるいはぼくらのこころの中だった。あのとき、ぼくは明確に活動をやめようと思った。けれど、やめることができなかった。すでにぼくは、小説を書くということをやめる代わりの行為を探すことが難しくなってしまっていた。だからぼくは、小説を書くことをやめることをやめた。

 「順列からの解放」という作品をもっとよく知ってもらいたかった。これは確実にひざのうらはやおのターニングポイントとなる短編集で、すでに「V~requiem~」もプロットのほとんどを作ってしまっておりあとは書くだけであったぼくは、なぜか根拠もなくこれからどんどんと「強い」小説を書くことが出来ると思っていた。だからぼくは、よりこれらの作品を取ってもらうためにどうすればよいのかを考えた。

 すぐに思い当たったのは、どれだけいいものを作ったとしても、それがほかの人にいいものであると伝わらなければ誰も手に取らないということである。実際、ぼくはいままで参加したイベントでいろいろな同人誌を手に入れてきたが、当然ながらそれらは「そこにその同人誌が存在する」という情報があったからこそ、手に取ることが出来たし、その中でも読むことが出来たものは、やはりツイッターなどで情報を仕入れていたからだった。あと、いくつかふらっとおもむろにブースによって買ってしまうものもあるのだが、それらはたいてい、表紙などのビジュアル部分か、ブースや値札、ポップなどに書かれた付随情報によって買うかどうかを決めていた。値段を見たことは一度もなかった。まとめると、ぼくがその同人誌を手に取るまでには、「ツイッターで情報を仕入れる」「現地でふらっとそれらを見る」のどちらかの手順を踏んでいるということがわかった。また、ぼくもそうなのだが、ツイッターでひたすら自分の作品だけをツイートするようなアカウントは敬遠しているし、実際そうしているひとは多かった。そして、ぼくは極めて設営が苦手であるし、まして小説を書くだけでも面倒なのに、売るための努力をすることなどなおさら面倒なうえに、いくら頑張ったところでそういうのが好きだったり、そういうことを仕事にしてきているひとたちの前では埋もれてしまうという風に考えた。だから、現状でも最低限のブース設営しかしていないし、それを貫いてきた。しかし、前述したように、知らせることが出来なければ、ぼくの小説は誰にも読まれないまま、その役目を果たさずに小説として不完全なまま死んでしまうのである。復帰作で今書いていることであるが、ぼくにとって小説の定義とは「だれかに読まれることを前提として記述されたもので、何かを説明するわけでもなく、その全部もしくはほぼすべてを散文で構成し、詩でなく、また紙面に表現しうるもの」である。だから、誰にも読まれないものは小説として成立しないと考えている。

 そこで考えたのは、小説そのものではなく、書き手としてのひざのうらはやおを知ってもらうということだった。この男が書く小説とやらを読んでみたいと思わせるようなことをすれば、ぼくの小説は読まれるようになると考えた。しかし、ぼくには絵を描くことも、何かをしゃべることもできないし、歌うことはできなくはないがうまい人が多い世界だから目立たなかった。中学生からずっと小説やブログを書いてきたぼくは、やはり文章を書く以外のスキルというものをほとんど持ち合わせていなかった。それに、小説を読んでやろうという気概のある人だけ効率よく注目を集めたかった。注目を集めるのはろくなことがないから、最低限の注意だけ引ければそれでいいのである。

 タイムラインでは「漫画は読みましたと感想が来る、けれど小説はめったに来ない。来たと思ったらつまらない、とかそんな悪口ばっかり」という、おそらく小説をメインに活動している同人のツイートがあった。そういえば、過去にぼくは「同人誌を紹介するのがうまい」と言われたことがある。凄まじい小説を書く日本文学を専攻している女性だった。今から考えると嫌味だったのかもしれないが、それでぴん、ときた。

 ぼくはそこで床を見回した。文フリ東京で買ったものが並んでいたが、その中でどれだけのものを読めただろう、普段通りの生活をしていたら、多分半分も読めないのではないか、と考えた。そして、過去に同人誌を読んだ感想をブログに書いたら、作者からフォローが飛んできて、その人が文フリの時にブースに遊びに来てくれたことがあった。もし、この作品をすべて読んで、それらすべてについて真面目に感想を書いていったら、そのうちの何割かはぼくの小説が気になるのではないか。と考えた。これが「シーズンレース」のきっかけである。だから、シーズンレースの一番基本的な部分は、その即売会で、有償で手にしたものすべてについて読むというところなのである。

 もちろん、感想を書かれること、とくにネガティブなことを言われることが一切いやなひとが多い世界で、こんな試みをするのは非常にばかげていると思う。実際、思っていた以上に多くの人たちにぼくは拒絶されている。だからこそぼくは、読むことが出来たものについては、ぼくのすべての力を用いて、その作品のすごいところを語ることにしている。それがいかに自分の主義主張に反していようとも、いかにこちらの読解を拒んでいようとも。

 そして、ここが最も大事なところなのだが、ぼくが「春なのに工事中」を書ききれなかったのは、完全に小説を読むということを満足にできていなかったからであった。だから、様々なジャンルの、様々なスタイルの、商業にのることのないほど自由な文芸系同人誌をひたすら読んでいくという行為は、それ自体の分析・読解を深めていく行為と一体化することによって、膨大な創作としてのエネルギーを得る行為に他ならなかった。そしてぼくは、他の書き手たちがどのようにして小説に向き合っているのかということを知らなかった。シーズンレースを通して、それにも様々な、その人なりの想いがあるということに気づいた。

 シーズンレースのもうひとつの特徴、「上位3作品を記事化し特集する」には別の意味がある。これは、ぼくの人となりを示すものであり、かつ、どのような文章を好むかという意思表示でもあった。そして、良いと思ったものは良いといってより多くの、この記事を読んでいるひとたちのうちのひとりでも多くに届けることによって、ぼく自身がこの世界で過ごしやすくなるだろうと考えたことによる。だから、あえて、主観的ながらも、ぼくだけのルールで公正公平に順番をつけた。ここが相いれないひとは多かったのだろうと思うが、逆に言えばこれがなければぼくは前述のような頒布規模を持たないままひっそりと活動をやめていたのだろうと思う。

 イベントそれ自体への参加スタイルが変わってきたのは、そうしてシーズンレースを始めてから3イベント目で、テキレボ5のとき、隣に今田ずんばあらず氏がいたことによってだったと思う。

 

以下、現在執筆中の課題作「〇」の該当部分より引用する。

 

 彼はぼくと全く異なるバックボーンを持っていた。ぼくは音楽と純文学が大きなバックボーンになっている(ということに最近気が付いてきた)のだが、彼は少なくともどちらも持ち合わせているようには思えなかった。彼はぼくに興味があったようには思えなかったが、隣だったということもあったし、一見してぼくがかなり変わった頒布をしていたからだろう(実際、短編の量り売りをやっていた)、ちょくちょく話しかけてきていた。自転車で関東一周したことをエッセイにまとめたり、これまでもかなりの期間同人に参加していたのだが、テキレボに参加したのはぼくと同じく初めてらしい。そしてぼくに「イリエの情景」の1巻を勧めてきた。この時、ぼくは彼のトークにさして魅力を感じなかった。当時の彼は、震災に対する考え方も、自らの同人活動のスタイルも今ほど確立されておらず、ぼくはストレートに「なんて軽率で傲慢な男なんだろう」と思った。単なる興味本位でそれらしいものを書いて、それらしい本をつくることに躍起になっているように見えたのだ。実際はそんなことはなく、彼は彼なりの哲学があって、それを探究していただけだったのだが、価値観があまりにも異なっているように感じた。だからこそ、ぼくは「イリエ」を買った。それを読んで、彼が何を考えているのかを知りたかったし、大したことがなければそれで笑えばいいし、けれどぼくはどこか、彼が隠しているのが何なのかが気になったし、それが「イリエ」に秘められているような気がしてならなかったし、なにより「かれ」が「こいつ、多分すごい有名になると思う」と言ったのが気になった。

 

(引用終わり) 

 

 「かれ」とはもちろんいなくなってしまった「かれ」である。実際「かれ」の助言は当たり、ぼくは「イリエ」を読みながら、今田ずんばあらずが徐々に「完成」されていく様子を目の当たりにした。ぼくの前に最初に現れていた、無邪気でどこか学生のような若さと無鉄砲さを持っていた、ぼくがあまり好きではない人たちと何ら変わらない特徴を持っていただけに見えた彼は、知らないうちに1年で500部もの同人誌を頒布し、それを2年つづけ、あっという間にすさまじい知名度を手にしていた。

 その彼を見続けていて気付いたのは、同人誌即売会というのは、文字通りの同人誌を頒布するためだけのイベントではないということであった。それは本を通したひととひとの対話であり、その対話を通して世界が、地域が、ムラが広がっていくことが美しいことなのであると気づいた。それは悪く言えば共犯関係であるともいえる。けれど、その世界でしか守ることが出来ないものがあって、それが、ぼくの思う美しいものなのだとしたら、それを見ない手はないではないだろうか。

  だからぼくは取りつかれたように全国を駆け回ったのだと思う。もちろん表面的な理由としては「地方にしかない出会いがある」からであり、その通りの行動をしてきたのではあるが、今考えればそれは、ぼく自身が気づいたその世界をもっとよくみたかったのだろうと思う。

 しかし、その過程でぼくはあらゆるものを失っていった。過密なスケジュールは容赦なく経済リソースを奪う。健康も奪う。ただ、最も大きなもの、それが「かれ」であり、次いでぼく自身のスタンスであった。

 前述したとおり、ぼくは自らの作品をより多くの知るべきひとに知ってもらうために、より多くの作品を頒布し、そのためにひざのうらはやおという存在をより多くのひとに認知してもらうための広報活動を行ってきた。それによって、ひざのうらはやおを認知するひとたちも、その小説を読んでくださるひとたちも大幅に増えた。それらを意識する前と比較して10倍以上になっているはずだ。

 しかし、いつのまにか、そのひざのうらはやおを維持するために、ひざのうらはやおらしい同人誌を発行するという逆転現象が発生していた。どのあたりかは思い出せない。少なくとも、「まんまるびより」と「おもちくんメソッド」は完全にそうであるといえるだろう。「まだ見ぬ読み手」を考えるあまり、「存在しない読み手」に囚われてしまっていた。頒布数を記録するようになってから、「存在しない読み手」は明確にぼく、あるいはぼくらを蝕んだ。

 それでもぼくらは止まるわけにはいかなかった。そう、気づかなかったのである。

 「読まれた人の数でその小説の価値など決まらない」ということに。

 

 書き手のみなさんは、どうだろうか。ぼくと同じように「存在しない読み手」に追われてはいないだろうか。「存在しない読み手」は実体として存在しないが、確実に書き手の中に居座る幻影である。それらは頒布数や原稿の字数、印刷費など様々な数字に影を落とす、同人界に潜む魔物であるとぼくは考える。ぼくらが不特定の人間に自らの著作物を頒布すると決めた瞬間から、この「存在しない読み手」は明確にぼくら自身、それぞれのこころの中に発生し、無視できるひともいれば、完全に一体化することによって、むしろ創作エネルギーを増幅させるというひともいるだろう。つまり完全な悪者ではないのである。しかし、ひざのうらはやおという書き手は、この「存在しない読み手」と非常に相性が悪い書き手であることをぼく自身忘れていた。学生時代からずっと「読み手を意識しすぎている」と指摘され続けていた。それは、「いま目の前にいる本当の読み手」ではなく、この「存在しない読み手」のことであったのだろうと思う。

 「存在しない読み手」は、わかりやすさを餌としている。理由は簡単だ、わかりやすくすればより多くのひとたちがその作品に手を伸ばすから。「存在しない読み手」は数となった多くの本当の読み手たちの中に紛れ込みたいのだ。

 「存在しない読み手」はそれでいて何も言わない。ことばを持っていないからだ。けれど、確実にぼくらに手を伸ばす。数字として、ぼくら自身の自意識として。

 これはとても難しい問題だ。「存在しない読み手」に目を背けることが出来るのは、強靭な精神力を持った人間だけである。だからぼくは、ほとんどのひとたちが、この「存在しない読み手」に多かれ少なかれ悩まされているのではないかと推察する。

 そして、「存在しない読み手」に囚われ続けてしまう人が多くなっていくとどうなるかを考えた。

 即売会の認知度が広まり、より多くの人たちが一般参加および出展参加するようになった。即売会それ自体がにぎわい、界隈が広がりをみせ、自らの創作意欲は高まる。おそらくそれが理想で、むしろそれを理想としない即売会の主催などいないのではなかろうか。主軸は違うにせよ、ぼくらのいるこのムラが、界隈が、そとの人々、もしくは他のムラの人々と交流し、より深く文化を醸成していくことが究極的な目標のひとつであることは言うまでもないことであるとぼくは思っているが、あえてここで述べておきたいと思う。ぼくもそんなイベントに出たいし、もしリソースが許せばそんなイベントを作ってみたいとすら思う。

 しかし、もちろん現実はそう甘くはない。なぜなら、即売会に限らずすべてのイベントや界隈の人間がそうであるように、門戸が広がり、より多くの人間が流入するということは、当然にエントロピーが増大するということでもある。あまり使いたくない表現であるが、俗にいうところの「民度が下がる」という現象が起こる。これはエントロピーが増大した結果、その集団の閾値は集団の中の最大公約数的なものに収まってしまい、結果倫理的に問題のある行動を行うための閾値が加速度的に落ちていく現象によるものと推察できる。巨大な大学生のサークルは、それがテニサーだろうが、オタサーだろうが、合唱団だろうが総じてあまりいいマナーではないのと同じことである。つまり、現状より大きな規模になろうと思うのであれば、現状以上に高い秩序を形成しなければ、最終的に「場」そのものの倫理的側面が問われ、瓦解してしまう。規模を大きくするのであれば、それに細心の注意を払って行動せざるを得ないし、だからこそ簡単に会場を大きくしたりすればいいというものでもないのだろうとぼくは思った。

 とはいえ、正直それは最低限の倫理的な問題であって、その程度であれば個々人の努力と主催の辣腕次第でどうとでもなるのではないかと思う。ぼくがここ最近即売会イベントでときたま危惧するのは、「存在しない読み手」たちに囚われてしまった挙句、「わかりやすさの磁力」を濫用させ、そこに大きな流れが生まれてしまっているというところである。これは、とかく即売会という「アマチュア表現者が自主制作したものを表現として展示し交換する場」としてはかなり危惧すべき現象であるようにぼくは思っている。

 みなさんは選挙に行くだろうか。選挙なんてくだらないと思うだろうか。いずれにしても、選挙に行って投票をするとして、どのように政治家を選ぶだろうか。おそらく、「選挙公報を見てからウェブサイトを確認し、現職の議員であればその人がどういう質問や答弁を行ったかどうかを分析したり、そこからどの団体が応援しているのかを見たりして、最終的に自分が票を入れることで最も得をするであろう政治家の名前を書いて入れる」という人間は全国でも1000人いるかいないかではないかと思う。ぼくでもやらない。やりたいけれど時間がない。そうするとどこかを省略することになる。たいていの人間は調べることを省略する。だからサブリミナル効果で、選挙カーが候補者名を連呼していれば自然と票は増えるし、むしろやらなければどんどん票を奪われるのである。令和の時代になってもなお、選挙カーがおそらく滅びることがないと確信できるのはそういった理由によるのだろう。これがなくなるときは、おそらく国民全員に同じウェアラブルバイスか何かがくっついてしまっているようなそんな遠い未来の話だ。

 で、何が言いたいかというと、「わかりやすさの磁力」が生み出すものの行き着く先は選挙運動になってしまうということである。中身が見られることなく、鑑みられることなく、きらびやかな表紙や耳通りのいいキャッチフレーズ、空虚な「新奇性」、などといった、耳目をそちらに向けるためだけの努力「だけ」にすべてのリソースを割り振ってしまったものだけが売れ、それを許さなかった実直なコンテンツが見向きもされないということになってしまうかもしれないのではないだろうか。ぼくはそれを非常に危惧している。

 先ほども述べたように、「存在しない読み手」にとって「わかりやすさの磁力」は非常に強い嗜好品のようなものだ。わかりやすさそれ自体は、その質をともかくとして、多くの読み手を生み出すことは間違いない。しかし、多くの読み手を生み出すことは、同時に「存在しない読み手」の力も強くなっていくということである。

 もちろん、そういった努力を否定するつもりはない。かつてのぼくは全否定していたが、様々な出会いを経て、その重要性に気づかせられた。本当に必要としているひとのために届けるための努力はいくらでもすべきであるし、それは是非もない。しかし、肝心のコンテンツを、場合によっては作者自らが、その本来の価値を毀損してまで「広報活動」に勤しんだ作品は、はたして幸福といえるだろうか。読者に対して真摯といえるだろうか。少なくとも、ぼくは違うのではないかと思う。「存在しない読み手」に向けられた空虚な小説を、少なくともぼくはあんまり読みたくないし、そのためにこの世界に飛び込んでいると言っても過言ではない。

 ぼくがシーズンレースを経て、即売会を通じてかれらに求めるものが何かをずっと考え続けてきた。その答えのひとつが、この真摯さにあるのではないかと思う。それはつまり、いかに「存在しない読み手」に抗い、読み手を具現化させられるかというところではないだろうか。もちろんこれは主観的なものでしかないので、本当にその書き手が真摯かどうかはわからない。そんなの思い上がりだという意見もあるだろう。それは全くその通りではある。書き手の気持ちなど読み手がわかるはずもない。しかし、同様に、読み手の気持ちも書き手に伝わることはないのである。だからこそ「存在しない読み手」は簡単に発生する。そういった中での仮想的な、脆く儚い、けれども絶対に存在するはずであろう信頼からくる真摯さを、ぼくは信じたい。

 これらのイベントは大きくなればなるほど「お客様」と「店主」という関係にシフトせざるを得なくなる。心地の良い「内輪」を脱して、衆目に曝された市場へと姿を変えていく。それはまさしく商業コンテンツの世界へ吸収されることと同義である。それは同時に、商業コンテンツのコードにのらないような作品は淘汰され駆逐されていくことに他ならない。そういった土壌を生み出すことが、表現文化の発展につながるのだろうかとぼくは疑問を抱いている。もちろん疑問に過ぎない。事実ぼくはいま、まさに淘汰されようとしている側の人間だ。きっとたいていのひとたちは、そんなことなど考えること自体が無駄だと思っているだろう。だからこうしてぼくは書いている。

 少なくとも、ぼくの前に現れて、ぼくの作品を気に入ってくれた人たちは、おそらくぼくの小説に、商業の世界にはない何かを感じたのだとぼくは信じたいし、だからこそ再びこの地に戻ろうという決心は揺らがない。だから、そういった場がもしかしたらなくなってしまうのではないかと危惧していて、おそらく自分で小説を書くことが出来なくなること以上に畏れている。だって、それで困るのは少なくともぼくだけではないし、実際に存在する読み手にとっては確実に困ることになってしまうから。

 もっとも、ぼくひとりがそんなことを考えていても仕方がないのは事実だ。すべての出展者は、大なり小なり目の前の通りすがりのだれかと交流したいと思っているのはきっと間違いがないはずだし、それを否定するわけにはいかない。そしてぼくはそれを否定しているわけではない。だからこそ、「存在しない読み手」に囚われてしまい、最も重要なもののうちのひとつをなくしてしまったのだけれど。

 「存在しない読み手」に気を付けてほしい。これがぼくの遺言だ。

 

 

 ひとまず、文フリ東京のみならず、ここ最近のイベントで思っていたことを端的にまとめてみた。おそらく、ぼくしか書かなそうだと思ったから。

 今後の予定や委託などの発表については、近日中に発表します。

平成の夜に彼らを想うとき、令和の朝はまだ群青のままで

 どうも、ひざのうらはやおです。

 

 これも日記。タイトルはちょっとかっこつけてみた。こうして徐々にぼくはぼくを取り戻していこうとしている。

 

 ぼくは音楽の業界の現状をよく知らない。けれど、おもしろ同人誌バザールでテーマソングを歌っていたバンド「LUNCH-Ki-RATT」のインタビュー記事や、昨日参加した競争形式のバンドライブ「ROAD TO EX 2019」に行ってみて思ったのだが、ぼくがかつて抱えていた同人創作界隈とそう変わらない、特殊な苛烈さがあるのだと感じた。いや、おそらく文芸系より、より苛烈であると思った。ほんの一握りのプロの下に、とんでもない技量を持つセミプロやアマチュアが犇めいていて、かれらそれぞれが自らの音楽観それ自体、あるいはそれと、その哲学をいかに聴衆に届けるのかという手法、それ自体の葛藤、そしてそのすべてで業界から評価されてしまうという理不尽さと戦いながら、それでも自らの音楽をより多くの人に届けたいという確固たる信念をもって戦い続けている。おそらく現状としてはそういったところではないだろうかと思う。

 で、まあ前述した「ROAD TO EX 2019」の1次予選の第2ブロックを鑑賞してきたので、そのレポートを書こうと思う。

 まず最初におことわりを申し上げておくが、ぼくはこのライブに、参加バンドのひとつである「ノクターン」からお誘いを受けた。そのためかれらを圧倒的にひいきした書き方になっている。もし、いつものシーズンレースのような暴力的な公平性を求めるのであればそれは封印していただきたい。

 ちなみにこの企画のホームページはこちら

https://www.tv-asahi.co.jp/roadto_ex/#/First%20Stage?category=music-top

 ここで確認できるように、すでに2次予選進出者は決まっており、ぼくが応援していた「ノクターン」は惜敗してしまった。それも含めて、本当にこういう場に行ったのは初めての経験なので、備忘録も含めてレポートを書きたい。

 

 ぼくは「ノクターン」のじょぶず君とひょんなことから知り合った。ひょんなことすぎるのでそれについては割愛するが、彼らの研ぎ澄まされた音源と表現者としての姿勢にとても親近感を(勝手に)覚えていて、応援したいと純粋に思っていた。なのでそれ以外のバンドはもちろん初めてだったし、彼らの演奏を生で聞いたのも実は初めてである。バンド用のライブハウスで演奏を聴くのは初めてではないが、実に10年ぶりくらいだ。そういう人間の感想として以下、ご容赦いただきたい。

 

 で、「ROAD TO EX 2019」は、テレビ朝日が主導して企画しているようで、出演バンドの熱い演奏と激しい競争に焦点を当てているようだった。ぼくはここでなんとなく、夏の甲子園、つまり全国高校野球選手権大会を想った。かれらは高校球児と同様、プロまでの道のりをめぐってすさまじい競争にさらされる。1次予選の今回も例外でなく、上記のページを見ていただくとわかるのだが、まず「チケットを手売りした数」と「演奏終了後の聴衆の投票」によって予選通過者を決定する。ここでキーになってくるのは、「そのバンドの地盤」と「パフォーマンスで観客にどれだけアピールできるか」という部分である。おそらく、感覚や要素として一番近いのは「衆議院議員選挙」だと思う。この両方を十分に持っていないと、なかなか勝ち上がるのは難しい、極めてシビアな場所であると感じた。どれもみんないい演奏だっただけに。

 以下、各バンドに対して思ったことを演奏順に書いていく。

 

1 イロムク

 すごくスタンダードな構成のバンド。ややパンクよりのロックで、ぼくが高校時代バンドをやっていたころをすごく思い出した。このハコの中でぼくはおそらく中央くらいの年代で、一番多かったように思うのだが、だからこそ刺さる人は多いように思った。すごく、同年代の音楽という感じが強い。だからもっと応援したいなあと思った。個人的にMCがめちゃくちゃ好き。

 ギターが非常に色が濃いし目立つ。そしてそれを中心とした音作りになっているように思う。そういった部分が非常に聞きやすかった。

 

2 ノクターン

 予想通り、25分フルで全部演奏に費やしてきた。MCどころか曲間すら極限まで削った、潔い構成。実は公式ツイッターのフォロワー数を調べたのだが、ノクターンはこの4バンドの中で圧倒的に少ない(最大のバンドの10分の1、3位のバンドと比べても4分の1)。つまり動員力でどうしても他の3バンドに後れをとってしまうし、必然的にハコではアウェーになりがちである。けれど、ホームだろうがアウェーだろうが関係ない、かれらはかれらだけの世界を完全に表現した。事前に音源を聞いていたのだが、その音源の出来をすべて超越したうえに、かつ、ライブでしかできない表現を多用していて、ライブに来ることの意味をきちんと示してくれたという意味で、非常に完成度の高い演技だったと思う。ぼくの主観的な視点でいえばここにいる4バンドの中で最高の演技だった。しかも上記の悪条件の中で、このパフォーマンスを出すことが出来たというところは本当に特筆に値すべきではないだろうか。

 ここから先はかれらのコマーシャルなので適当に読み飛ばしてください。

 後半2バンドにとくに顕著にみられた傾向であり、おそらく業界のシーンとしてもそちら側にシフトしていくつもりなのだろうということが、商業音楽を聴いていても如実に感じることなのであるが、音楽業界はどんどんライブというイベントを消費させて、それをマネタイズしていく方向になっている。そういった中で、音源はもとより、それ以上にライブパフォーマンスをより重視していく傾向になっていくし、当然メジャーデビューを狙っているバンドはそちらを意識するのは間違いない。より聴衆を熱狂させ、エンターテインさせていくバンドが、よりメジャーデビューしやすくなる。その風潮の中で、彼らのような極めてストイックに舞台演出にこだわっていくスタイルというのはなかなか難しい。聴衆が求める「わかりやすさ」にそれらをもっていくことが難しいからである。その葛藤に、かれらが出した答えが、2ピースという特異なバンドスタイルだったのだろう。そして、上記のように一貫して自らの信じる音楽それ自体の完成度を深め、限界まで研ぎ澄まされた時間を提供することが、まさに「ポストロック」であり、「エモーショナル」であると感じた。このストイックな姿勢と自己完結性、そしてそれらを受け取るぼくらの多元性。この風景ってまさに文学なのではないかと思う。かれらのパフォーマンスを見て感動したのは、高い完成度はもちろんのこと、かれらが示す文学というものに非常に深い共鳴を得たからだろうと思う。だからこそ、ぼくはかれらを応援したいし、かれらの音楽にこたえられるのは、音楽をよく聞いているひとたちはもとより、むしろ文学を嗜む人間、つまりぼくのいるような界隈にこそ多いのではないかと思っている。これがぼくがこの記事を書こうと思った積極的な理由である。

 

 さて、つづき。以下2バンドが2次予選への進出を果たした。

 

3 CIVILIAN SKUNK 

 はっきり言う。めちゃくちゃ完成度が高い。バンドとして、凄まじく安定していたのが印象的だった。上記で少し書いたが、これからの音楽業界は間違いなくライブを重視する方向にシフトしていくと思う。で、そういった傾向にある中で、ライブパフォーマンスとしての完成度が完全に群を抜いていた。しかも、かれらはそれだけではない。「沖縄で同級生同士で組んだバンドが、東京武道館でライブをしたくて上京して、いまここにいる」という物語を背負っている。曲目やMCもすごくしっかり作り込まれていて、そこに並々ならぬ下積みの血と汗がにじんでいた。まさにエンタメを極限まで追求し、その中で自分たちの物語にぼくら聴衆を巻き込んでいくというスキルの強さが存分に発揮された25分だった。非常に堅牢で一縷の隙間すらなかった。ここまで徹底的にライブという場を聴衆と共有していく姿勢をとれるのは、まさにこのハコの規模ならではでもあるのだが、それを見据えてこの構成を考えているのであれば、非常に優秀だろうなと思うし、正直最終選考会場まで行けるのではないかと思った。

 

4 AliA 

 6人構成のバンド。そしてバンド名のTシャツを着ているひとたちがいっぱいいたところからかも、動員力はピカイチだったと推察できた。これは人数が多いバンドというところもあるのではないかなと思う。しかも、MCや終演後のトークを鑑みるに、それぞれが独特のキャラクターを持っていて、それぞれのファンも多いのだろうなと感じた。中でもすごいと感じたのはボーカルである。この声を聴いたときに、このバンドがなぜ6人もの大所帯で構成されているのかが分かった。凄まじいハイトーン、かつ圧倒的なパワー。これを下支えするにはかなりの音数が必要になる。このバンドは特に様々なフックを用意していて、多彩だと感じた。すでにそれなりに人気と実績があって、これからもまだまだシーン上で伸びていくのではないかと率直に思った。このバンド、だれかひとりが欠けても全然成立しないという部分でそれが強いところであるように思うのだが、中でもギターが軸になっているのではないかと感じた。このバンドのブレインはおそらく彼なのではないか。何も知らないけれどそう思った。ともすれば一気に崩壊しそうなバランスを極限で統制して、圧倒的なパワープレイと、非常に多彩な表現を支えている。これも2次予選どまりではないだろうなと思う。

 

 総じて、オープニングでMCの武井壮さんが語った通り、少なくとも素人目にはこれが1次予選だとは思えないくらいのハイレベルな戦いであり、そうであったからこそ、それぞれのバンドの動員力の差が如実に勝敗に影響されてしまったのではないかとぼくは分析する。また、ジャンルも絶妙に分かれていて、聞きごたえのあるライブだった。

 

 ただひとつ困ったのは、そういうライブに慣れていないせいか、非常に爆音の連続で疲れてしまったのと、ずっと耳鳴りが収まらなかった。次行くときはイヤープロテクターをしていこうと思った。

 

 どれもいい演奏だったし、特にノクターンの凄まじさを体感出来てとてもよかった。ぼくもまだまだ、書かなくてはいけないものがあると感じた。

 

 ちなみに、ぼくはこのゴールデンウィーク最後の日、令和最初の文学フリマで文芸同人生活をいったん休止する。東京流通センターで行われるそのイベント「文学フリマ東京」にて、新刊「平成バッドエンド」を発表する。文字通り、これは平成に捧げるレクイエムである。ぼくがかつて持っていた、小説を書くためのスキルをすべて結集させた作品であるので、もしこの記事を読んで気になった方で、5月6日に予定がない方がいたらぜひ来てほしい。こちらも、インディーズの様々な表現者が集うという意味では、昨日のライブと同じである。文学に偏ってはいるが、ライトノベルやキャラクター小説、漫画もある。気軽に立ち寄れると思うし、入退場自由で、入るだけなら無料なので、ぜひ立ち寄っていただければ幸いである。

 イベントのページはこちら

https://bunfree.net/event/tokyo28/

 そしてぼくのブースに置く予定のものがこのウェブカタログに登録されている

https://c.bunfree.net/c/tokyo28/!/%E3%82%B7/11

 ちなみに、「平成バッドエンド」のページはこちら

https://c.bunfree.net/p/tokyo28/13680

 

 まだまだ伝えたいことがあるので、いずれは復活したいと思いながら。

 その群青を暁に染めなくてはならないという使命があるような気がした。

改元と令和とイクリプス、だから革命は融解する

 どうも、ひざのうらはやおです。

 今日は本当に書きたいことだけをひたすら並べていくだけの記事。ゆえになにも言いたいことはない。リハビリである。

 

 銀座伊東屋で買った万年筆のクリーニング券の期限が切れそうだったので、出張の帰りに寄ってきた。1時間ほどでできるらしい。ついでにインクフロー面で調子の悪いプラチナセンチュリー#3776(シャルトルブルー)を見てもらったらなぜかすこぶる調子が良くて、販売員のお姉さんとふたりして「調子がいいですね」「普段はどんな紙に筆記してますか」「わら半紙ですね」「あーそのせいかもしれませんね」みたいな会話をしながら結局インクフローに問題は見られなかった。ぼくの扱いが悪いのかもしれないと思った。というのは、出張の仕事の最中にペン先と首軸の角度が曲がったものがあったからだ。書けることは書けるが、やはり長く書くとフローに難が出る。そしてこのような万年筆は初めてではなかった。

 うまれつき死ぬほど不器用で母親はよく笑っていたが、おそらくは何を扱うにもその調子で、やはりぼくはひととしてだいぶ不完全なまま生まれてきたんだなあと感じた。

 

 文學界新人賞が発表された。先日、拙作「猫にコンドーム」が箸にも棒にもかからなかったことはお知らせしたところだ。受賞者はふたりいたのだが、そのうちのひとりの年齢に驚いた。ぼくより若かった。

 ぼくは勝手に、というかイベントに出始めてからずっと、若手も若手、最若手であるという認識の元、いろいろなことを試したりいろいろな作戦を立案したりして、それをやったりやらなかったりしてきた。もちろん、ぼくは平成初頭の生まれで、つまりまだ二十代ではあるし、イベントに出てみればもちろん若手に属することは疑いようもないのではあるが、しかし、受賞した彼女がぼくよりも年下だったことに非常に衝撃を受けた。これがライトノベルの新人賞であれば、さほど衝撃を受けないばかりか、むしろ当然のこととして受け入れられたのだろうが、文學界という、純文学の中枢にほど近い雑誌の新人賞で、平成生まれの書き手が普通に、このお堅いイメージがある賞をとれるということに衝撃を受けたことそのものがより衝撃的だった。つまりぼくは、所詮新人賞なんてとれるはずがないと心のどこかで思っていて、それでもなおアタックを試みていたということに他ならないし、おそらく「猫コン」のどこかにそんな慢心未満のできそこないの雑な意思が隠れていなかったとは言い切れないだろう。そしてさらに、ぼくは心のどこかで「今は自分の満足する小説を書けていないけれど、いつかは書けるようになるし、そのためにひたすら修行を重ねていくしかないのだ」というある種の前時代的な、ぼく自身の文芸的な才能を過信しすぎているとも言うべき自らの小説観を再確認してしまったことが、なによりも衝撃的だったし、書けなくなってしかるべきであると思った。

 書き手界隈にあるあるなのかどうかはわからないが、ぼくは自分の小説にそこまでの(この「そこまでの」というのはほかの書き手界隈の人間に比べて、の意であるととってもらって構わない)プライドがない。多くの方には非常にプライドがあるように映っているだろうし、そうであることを期待しているが、それはもちろん、あるように見せかけているだけに過ぎない。この「見せかけている」という手法をぼくは非常に多く用いる。用いるところからして、自分に自信がないというのは明白である。さらにいえばここでこうして「本心を吐露している」ふうを装ってはいるがそれだって見せかけに過ぎない。こうして日本語で整理された感情などすべてが精緻に作り込まれたぼく自身のいわゆる「肖像」であり、それはぼくを写実的に写し取ってはいるものの、ひるがえって内面を写し取ることはおそらく不可能である。生まれつきずっと嘘ばかりついてきたし、時には嘘をついているという自覚すらないまま嘘をつき続けているので、ついた嘘など覚えているわけもないのだが、ただわかるのはパスカルよろしく「ぼくがうそつきである」ということは事実であるということだけなのだ。つまるところ、ぼくは自分の小説を頒布し、あまつさえより多くの人間に読んで欲しいと願っている(正確に言えばそれすらも本当かどうかは定かではないし、多分本当ではないという自覚がある)ので、その目的を達成するために、自分の小説にプライドがある、という風を意地でも装わなくてはならないと思っているし、実際同人活動において、それは実績という目に見える、持続可能な活動計画を考えていくうえで重要な数字を考えるうえで非常に避けて通れない部分であったので、そうであるように装い続けただけである。

 だからこそ、研鑽に研鑽を重ね、耐えがたきを耐え忍びがたきを忍び書きがたきを書き、春のそよ風や夏の蒸したアスファルトの匂い、秋の妙に青い空や冬の夜に飲むミルクの味をどのように小説に落とし込んでいくのかということを、もう人生の半分以上ずっとずっと、時に真面目に時に狂気に囚われながら考え続けてきた。だから、自分よりも年下の、平成生まれの書き手が、ぼくの最も書き慣れている純文学という戦場で旗をあげられたのは、希望というよりかはむしろ、始まってもいないぼくの「平成」が終わりを迎えようとしているように感じたのかもしれない。

 今回、第二十八回文学フリマ東京(令和元年5月6日開催予定、東京流通センター)、すなわちぼくの休止前最後のイベントにおいて、奇しくも最後の作品となってしまった新刊「平成バッドエンド」は、これも不本意ながら、ぼくが生き抜き戦い抜き、マジョリティすべてにアイスピックをぶっ刺しつづけてきた結果の集大成になってしまった。生きるために小説を書いてきた(それは生きるために小説を書いてきたという意味ではなく、結果的にそうなってしまったという意味である。あしからず)ぼくは、小説にその意義を殺され、小説を書くことが出来なくなってしまった。それはぼく自身のこれまでの半生をほぼすべて否定されたことに等しい。小説を書く以外のぼくの人生は、正味のところそれはぼくの人生ではないように感じてきたし、今もそう思っている。けれどぼくは小説を愛していたわけではもちろんなかったし、小説に愛されていたわけでもなかった。だからぼくは小説に小説を殺されてしまった。その凄惨なる殺人現場、そのものがこの「平成バッドエンド」には収められている。おそらく、気づく人は少ないと思いたいが。

 この「平成バッドエンド」の後に、ぼくはどうしても書かないといけない、自分の悪感情をすべて見えるように処理した、いわば下水処理場を通過した後の水のような私小説檸檬の墓標」を書こうと思っていた。その冒頭の文に「芥川賞を取らなくてはならないとずっと思っていた」という風に書いている。これは嘘でも何でもなく、本当につい最近までぼくは本当に芥川賞を人生のどこかで取らなくてはならないと思っていた。しかし、取らなくてもいいこと、そしてそれを認めるということは、ぼくは芥川賞をとれるような小説のスキルは持ち合わせていないし、今後得る見込みもないということを認めること、受け入れることとほぼ同値だった。今でもまだ受け入れ切れていないところはあるが、それでも半年前よりは、だいぶ諦めはじめている。良くも悪くも。

 ひとは思考が硬直したその時から急速に老化をはじめる。ぼくの思考もかなりの硬直性が見られるようになってきたから、本当に書き手としての死は近いのかもしれない。

 けれど、だからこそ、あがくのだ。

 ぼくは自身の人生になにも価値がないと思っているし、価値それ自体は社会が作り出すものであると考えているので、価値があがったりさがったりすることにいちいち考えているのは不毛であると考えている。つまり、生きる価値が存在しないので、当然に死ぬ価値すらも存在しないという逆説だけでぼくは三十年近くも生き続けてきた。そしておそらくこのまま、身体が限界になるまで愚直に生き続けるのだろうと思う。そのためには死ぬまで小説を書き続けていなくてはならない。ぼくにとって小説を書くことは生きることとほぼ同義なのだ。社会への恭順と反抗、それ自体を同時にやっていかなければぼくは精神の均衡を保つことが出来ない。現実世界で犯罪を犯す代替行為として小説を書いてきた。だから小説を書かないということは、社会それ自体に反旗を翻し自身の身体と周囲のコミュニティの存亡を危機的状況に曝す行為そのものである。つまりぼくの小説を書くという行為はそれ自体が社会的に価値があるとみなせる。あくまで主観的であるが、ぼくの小説を書く動機の8割ほどがそれである。だからぼくは根源的に、他者のことばで小説を書こうとするひとを好きになることが出来ない。これは病理のようなものだ。実際は他者のことばでなくては小説など書けるはずがないというのに、しかし明らかに他者のことばで語られた、つまりその人間が自分で考えだした末に綴られたものでなく、ひとのことばをうのみにしてそのまま出したような表現をぼくはあまり好まない。これはぼくの病理であるので共感を求めない。それにその基準は極めてあいまいで主観的だ。つまり気に食わないということの婉曲的表現以上の何物でもない。けれど、動機がなんであれ、小説を書くということは、自分の考えたことばで、けれどそれが自分じゃない人間にもわかるように、自己と他者の重心をとって翻訳された、だれのものでもないことばを使うのがきっと最適であるとどこかで思っている。そして、明らかにそうでないものに関して、ぼくは非常に怒りを覚える。シーズンレースをやっていくなかで、そういった作品に触れることも実は少なくなかった。というより、むしろ、そういった作品のほうがむしろ多数派であったようにも感じる。つまり、これはぼくと他者との断絶を意味していて、ぼくのいう小説と他の書き手がいう小説というのは似て非なる、何か違うもののことであるようだし、郷に入っては郷に従えということばがあるように、ぼくは自己の定義を拡張して考えてきた。そうしてたくさんの書き手のたくさんの作品を読んでいく中で、上記のような作品に出合うこともあれば、じぶんの言葉を綿密に誠実に洗い出すような凄まじいものにも出合った。まだ終わっていないが、ぼく自身の小説を研鑽するという意味合いで、おそらく非常に大きな役割を果たしていたのがこのシーズンレースではないかと思う。

 

 ぼくはぼくの知性の低さに絶望して、自分の小説を殺してしまった。だからぼくはぼく自身の剛性と愚鈍さをもって、再度、別の次元から、別の切り口から小説を作りたいと考えている。そういうわけで、復帰する日を暗に定め、その日に向かって課題となる作品を3つ考えた。この日までにすべての初稿が完成しなければ、ぼくは書き手をあきらめ、ひざのうらはやおとして生きることを諦めなくてはならないと思うし、そうする決断をするだけに十分な証拠になると考えている。

 ぼくはぼくの小説でだれかに革命を起こさせられると考えていた。

 最後に、今は活動を休止してしまった、黒木渚というシンガーソングライターの「革命」という曲の好きな歌詞の部分を引用して、何もまとまっていない駄文を終わらせようと思う。

 

 最後の最後でロザリオに奇跡など望んでしまえば

 最後の最後であきらめた自分の罪を知る

――黒木渚「革命」より

 

 

革命者なき後の革命

 どうも、ひざのうらはやおです。

 

 過日3月21日に開催された「第8回Text-Revolutions」についてのレポートを書こうと思う。書く理由に関しては、そんなに思いつめたものはない。ただ、なんとなく、こういうことは記録できるうちは記録したほうがいいのだろうなと思っただけである。実際ぼくはここまで様々なイベントに参加しているが、テキレボ以外でまともなレポートをしたことがほとんどない。あとは尼崎文学だらけくらいだろうか。どうもテキレボのレポートは複数回書いているようなので、このイベントにはそうさせる何かがあるのだろうと思う。他の書き手もなぜかテキレボのレポートは書きたがる人が多い。そういうのもイベントの特徴だ。

 

 先日発表した通り、ぼくはあと1ヶ月ちょっとで、一度書き手の世界から離れようと思っている。といっても、視点を変えたり、自分探しの旅に出るような気楽なものではない。これはおもちくんを失ったぼくが、新たな小説を書くために様々な形でリハビリを行っていく期間を設ける、というそれだけの話である。だから復帰するまでにいくつか、課題として原稿を考えている。これらすべてが脱稿したとき、ぼくはふたたびこの世界に足を踏み入れようと思っている。

 その辺の話は、最後のイベントである文フリ東京が終わってから、広報もかねて詳しく書こうと思う。

 

 今回は、自分で言うのもなんだが、急に活動を休止することになってしまったのと、それに付随する関係とプライベートがめちゃくちゃなことになってしまい、精神状態が危機的であった。さらに、「ジーク・ヨコハマ」(ヨコハマカオスアンソロ:テキレボ新刊)、「おもちくんメソッド」(文フリ広島新刊)、「満室になる前に」(ラブホテルアンソロジー:文フリ東京新刊予定)、「平成バッドエンド」(文フリ東京新刊予定)の4企画を同時進行させていたことがたたり、全身のほとんどが破壊された。正直、今まで経験したことのないほどのリソースを創作活動に割いてしまったことが、おもちくんの消滅につながり、結果活動の休止を余儀なくされるものとなってしまったのは皮肉である。

 そんなこんなでレポートを書くとは言ったが、何しろ満足に告知も行えていない、搬入を優先したので什器すらまともにない、加えて上記のように精根尽き果てた状態で参加したため、本当にぎりぎりの状態での参加となってしまったことしか記憶にない。ブースに訪れた人間はみなそのぎりぎりさ加減を見たと思う。逆に言えば電車で1時間程度で会場に行けるのであれば、あの状態でもどうにか同人誌の頒布は出来るということでもあるのだが。

 ツイートでもいろいろ言ったのだが、今回はふたを開けてみれば総頒布数48という前回の文学フリマ東京の42を上回る、弊社最大記録を塗り替えた大繁盛であったわけだが、個人的にはぼっとしている時間が割と長かったし、両隣には寄るのに自分のところに来ない人がすごく多いように感じた。もちろん、上記の通りボロボロの精神状態であったことが最も大きな要因であろうとは思う。この理由をある程度理性的に考えると、どうも下記のようなことが関連しているように思う。

・頒布部数と頒布人数がかなり乖離している可能性がある

 今回、新刊として「ジーク・ヨコハマ」を用意していたが、同時に、文フリ広島新刊で、当初テキレボ新刊の予定だった「おもちくんメソッド(同人編)」も関東地方初頒布であったことに加え、前回の文フリ東京新刊であった「煤煙~浦安八景~」は午後2時ごろに完配を喫していたため、この3部を同時に求める来訪者が多かった。実際この3種類の頒布部数は横並び(それぞれ11・13・12)で、戦利品ツイートの画像の中にもこれらが同時に存在するものが多くあった。つまり、延べ48部を頒布したが、実際に頒布した人数はおそらく20名程度だったと思われる。体感からもそんなものだろうなと思う。

・近隣サークルが見知った人間ばかりだったのでどうしても来訪者が気になってしまう

 左隣は「ジーク・ヨコハマ」寄稿者であり、「イリエの情景」などで知られる、このメモ帳でもおなじみの今田ずんばあらず氏の「ドジョウ街道宿場町」、右隣りはテキレボの運営に非常に寄与しており、無人ブースとして開業していた姫神雛稀氏の「PreBivi」であった。どちらも同年代でテキレボの中では名の知られているひとである。当然来訪者はかなり多い。こうなると「うちをとばしてそっち行くのか」っていう考えに陥りやすい(実際は両隣を無視してうちに来た人もそれなりにいるのではないかと思われるのに、である)。だからより自陣にひとが来ないと思ってしまうのだろう。隣の芝生は青いとやらである。

 

 総じていうと、いつも通りのツイッター上での告知や什器の搬入など、きちんと準備をしきっていれば、これ以上の頒布が望めたであろうという単純すぎる反省点以外には特にいうべきことはない。ぼくが活動を休止すると聞いて駆けつけてきてくださるひとも当然ながらそれなりにいたのだが、それだって「葬式鉄現象」のような急に来訪するタイプは予想よりも少なく、代わりにいつもお世話になっている方々の来訪がとくに多かったように思う。そういった部分でも、テキレボというのは単純に同人誌を頒布する場ではなく、同じ創作界隈の方々と交流する場という側面も非常に大きいと感じた。そして、それは賛否両論あれど、テキレボというイベントの特色でもあるように感じる。だからこそ、本当は全力を賭して取り組みたかったし、全力で駆け抜けたかったのだが、前日までの準備も、当日の対応も、アフターも、すべて不十分で残念だった。

 当日、ぼくはどこか夢の中のように感じていた。自分が全く自分でなく、何か別のものに操られているような、そんなイメージである。参加者から話しかけられればある程度の対応は行えたし、実際50部近い頒布を行っている(しかもそれは過去最大規模だ)のだが、そんな印象は全くなく、ただ平積みしていた在庫が最後の方はやたら低くなったな、という感想しか抱かなかった。だから実のところ、誰が来て何を頒布したのか、今までだったらだいたい覚えていたのだが、今回ばかりはほとんどといっていいくらい覚えていない。戦利品ツイートの画像に自分の頒布物が入っているのを見て「あれ、来てたんだ」と思ったのがほとんどである。非常に申し訳ない。今から思い返してもほとんどなにも思い出せない。へにゃらぽっちぽー氏が買い物に行くところを横目で見て今田ずんばあらず氏と話をしたりだとか、シワ氏に「これが最後かもしれないので」と握手を求められたりとか、伊織大先生がまじないを上下巻でお求めになられたりとか、それくらいインパクトがあることくらいしか記憶になく、おそらく来られただろうな、という方はおぼろげには覚えているものの、頒布したものが何かすら判然としない。ただ、フリーペーパーは50部刷って残部が3だったので、そこそこ多くの方にお渡しできたものと思う。そして、おそらくであるが上記のことを鑑みるに、もう少し頒布部数を伸ばすことが出来たのではないかと考えられる(来訪者に比べて頒布者数の率が前回までと比較するとよくないように感じる)し、参加者と話した内容で得たものもかなりあったはずだと考えると、まことに残念であるという思いが強い。

 アフターも、本来であれば非公式打ち上げか、もしくはヨコハマメンバーで打ち上げに行きたかったし、(おそらく活動を休止することなどを鑑みたのだろう)個人的なお誘いもいくつかいただいていたのだが、上記のように精根尽き果てた状態で、同人誌の頒布以外のことはとうてい行えそうになかったためすべて参加を断念し、会場も閉会すぐに退出した。(※テキレボでは閉会後も、撤収作業や公式懇親会を行う慣例があるので、閉会すぐに出ていくことはこれまでなかった)

 一息つくためにサンマルクカフェによって、そこでツイートをしながらひたすら泣いた。泣き続けた。一日中ポメラをいじっていてもまともな文章がでてこないばかりか、自分の文章ですら他人のそれに思え、しかも異常に完成度が高いように思えたことや、残っているイベントへの不安、ボロボロの状態で準備もろくにしないまま、テキレボ当日を迎えたことについての無念さがあとからあとから押し寄せて、ひたすら泣いた。両隣はどちらもカップルだったと思う。よく覚えていない。しかしまあ年甲斐もなく泣いた。さぞ不気味だったことだろう。そんなことはわかっている。ぼくだって泣きたくて泣いていたわけじゃない。断じて。

 そして、必ず、書き手として再び浅草の地に足を踏み入れることを誓ったのだった。

 

 というのがレポートなわけだが、こんなのレポートでも何でもない。しいて言えばエッセイだし、まあふつうに日記っていったほうがいいんじゃないかな。

 以下は、蛇足というか、今後のはなし。

 

 おもちくんという、小説作成に特化した、感情の塊のような人格概念を失ってからもう1週間近くになるが、やはりまともな小説は書けなかった。ただ、もとから組みあがっているものを修正する能力はある程度取り戻してきたように感じるので、昨日あたりから「平成バッドエンド」の最終調整とあとがきの執筆を行っている。ようやく「猫にコンドーム」の改稿も落ち着き、あとはページ数調整とカバーイラストの調整と発注作業くらいである。こちらはぼくの休止前最後のイベント、文学フリマ東京(5月6日)の新刊である。当日は完配を防ぐため全数搬入したいと思う。

 また、ラブホテルアンソロジー「満室になる前に」であるが、現状では同日に頒布を開始する予定である。各参加者のブースで委託頒布を行うかどうかについてはまだ調整中で、今後の予定と共に折り合いがつき次第別の記事で報告させていただきたい。

 

 また、直近のイベントは上記文フリ東京ではなく、2週間後、4月6日(土)の「おもしろ同人誌バザール(@ベルサール六本木)」である。こちらは初参加となり、また情報系同人誌を中心とした即売会ということで、点数を絞ろうと考えている。続報をツイッターで行いたいと考えているので、必要な方はチェックいただけるとありがたい。

 

 また私事で恐縮だが、転職にほぼ近いレベルの部署異動があり、4月1日付で全然違う部署に配属されることになった。活動を休止することがまるで誰かに伝わっているかのようで少し不気味だが、まあ会社を移る気はそんなにないし、少なくとも向こう数年は経済状況的に難しいので、どうにかやっていくしかない。そんなわけで、もしかすると予想以上に復帰が遅くなってしまうかもしれないが、ぼくは必ず復帰するつもりでいる、ということをここであえて記しておきたかった。

 

 休止後の案内については、すべてが終了してから、また記したい。

 今はまだ、確定していないことが多すぎる。