かーびぃのメモ帳

球体の生物が日々感じたことをつぶやくよ!

思い出にも五分の魂があるのだとしたら、その集合体が狂気と化して人を殺すに違いない

 

 どうもかーびぃです。

 

 ぼくらの青春といえばそう、ミスチルことMr.childrenなわけですが、彼らがミリオンヒットを飛ばしまくった中のひとつに「Tomorrow never knows」という曲がある。という曲、とかもったいをつけなくても下手をすれば日本人のボリュームゾーンの3割くらいはすぐにサビを思い浮かべられるのではないかというくらい、CDがアホみたいに売れた時代にそれこをアホみたいにいろんな曲を売りまくったミスチルの中でもトップクラスにヒットした曲だと思っているがいかがだろうか。え?「ニシヘヒガシヘ」のほうが好き?ぼくもだよ~~

 

 この曲は「果てしない闇の中に♪Oh!Oh!手を伸ばそう~♪」ってサビが有名ではあるが、全体的に歌詞を俯瞰するとなんかこう、「いろんなことやってきたけど前に進むしかねえんだよな」的な、「ごうがふかいな」的価値観を確かに持っている素晴らしい方向性でぼくはこの歌詞が大好きである。ゆえにエハラマサヒロの歌真似はあんまり好きじゃない。

 

 というわけで、文フリ東京(秋)シーズンに引き続く「ごうがふかいな」枠(今作った)としてものすごい本が今回、テキレボ5シーズン2位にランクインしている。

OMOIDE IN MY HEAD」著:富田(燃えてるゴミ)

(通読性:19、宇宙感:16、残響度:14、嗜好:7、闇度:A 合計:63点)

 これも隣のサークルからいただいたものである。文庫本56頁、決して多くはない文章に2編の高濃度な短編が詰まっている。どちらも、女装男子、いわゆる「男の娘」が物語の中心となる小説であるが、その濃度が半端ではない。前半は、大きな喪失感を抱えたまま生きていこうとする男性の話、そして後半はもがきながらなんとか幸せをつかみ取ろうとするカップルの話。いずれも「男性と女装がデフォルトになった男性」という組み合わせで、コモンを取り繕おうとするイレギュラー、というようにぼくには映った。それはイレギュラーが大手を振って歩くことが何かと難しい社会に生きているぼくたちを鏡のように映し出し、炎のようにあぶり出す。ぼくの嗜好としては前半の話が圧倒的に好きで、こちらがこの本の9割の「ごうがふかいな」を占めるといっても過言ではない。しかし、この小説が書かれた背景、そしてこれが平然と同人誌として即売会に並ぶ風景、それらを考えていった結果、むしろ「ごうがふかいな」を体現しているのは後半の小説なのである。ここがこの同人誌のすごいところで、つまり、内部性も外部性も「ごうがふかいな」でバランスがとられており、統一されている。これは「ごうがふかいな」を提唱したぼく自身でも作り出せない、かなり完成度の高い「ごうがふかいな」である。

 先日の「ヴェイパートレイル」とは逆のことを書くが、この短編集に登場する2組のカップルに「尊さ」は感じられない。むしろ、どことなく「やれたかも委員会」的な、自分の中に眠るIFを具現化した清純おじさん(童貞という言葉はあまりにも雑味が多すぎて、ニュアンスの方向性を狭めたい場面では使いにくい)の、まさに「業」を感じさせられる。素晴らしい、あっぱれとしかいいようがない「ごうがふかいな」であり、コアなかーびぃファンの皆様におかれましては、ぜひとも一読いただければと思います。とは言いつつもこのサークルは諸事情によりしばらく活動を中止してしまうそうだが。

 

 よく表現が独特とか言われるけどねえ、かーびぃ氏はみなさんよりはるかに語彙力がないだけなんですよ、自分の感じたことに綺麗に当てはめられる言葉を知らないから近い感覚でわかりやすい言葉をいくつも重ねて近似していく。だから詩は書けないんだね。

 的なことを次に書く、2017年初の70点超えを果たした詩集を読んで思った。