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かーびぃのメモ帳

球体の生物が日々感じたことをつぶやくよ!

鏡の向こうにはおぞましい世界が広がっているっていうのはローカリストの戯言

 

 どうもかーびぃです。さすがに疲れてきたぞ。

 

 凛として時雨というバンドがある。金属が打ち鳴らされるかのようなきんきんとささやくように響くボーカル、撃ちだされるギター、うねりをあげるベース、正確無比な緩急で降り注ぐドラム、そのすべてが混然一体となって聴くものの感覚を攻撃するサウンドを作るグループだ。ぼくは彼らの曲で一番最初に聞いたのは「Beautiful Circus」なのだが、今でもこの曲が一番聞きやすくそれでいて他の曲と遜色のない破壊力を備えていると思う。

 歌詞はあるようでない。ないようである。少なくともほかの要素よりは重要ではないとぼくは考えている。むしろ、その極度に攻撃力を高めた音像の中からメッセージ性をつかみ取ることのほうが意味がありそうな気がしてくる。

 

 戯言。

 

「遊園地とクレイン 第五号 鏡」著:梅に鶯(梅に鶯)

(通読性:17、宇宙感:19、残響度:18、嗜好:5、闇度:B 合計:63点)

 隣のサークルが、非常に人数も多く、また売れ行きもよくて、研究してみようと思ってブースを見ていたらこの「鏡」にとても「ごうがふかいな」を感じたので思わず買った次第である。

 結果、この4篇の短編がどれもかなりクオリティの高い代物で非常に驚愕しただけだったという非常に簡単なオチ。

 4篇であってもすべて高クオリティで、かつ、ワンテーマでここまで統一性が出るということはまずない。それが文芸サークルであればなおさらである。出てくる小説はいずれも高い攻撃性を内に秘めながらも、それを巧く加工して物語に引き込んだり、推進力にしたりして、いたずらに読者を刺したり、物語を破たんさせる方向に向かわせないという、なんというかプロでも難しいことを平然とやってのけていて、その上彼ら「全員」がそれっていうそのすごさが目立った。4人もいれば、たいていはひとりくらいはお情けというか、個性もしくは技術力のどちらかが期待水準を下回っているようなものなのだが、この4人のある種の結束が非常に強いのか、そのほころびがなく、結果、どこか人間臭さも失っていたイメージ。

 各短編について。

 「悪意のうつし身(松井駒子)」は、4篇のなかでもとりわけ高い構成力と強い引き込み、フレーバーを伏線に持ち込む妙技が光る、巻頭作として絶好の引きを持つ作品。共通テーマの「鏡」も、双子を主要な登場人物とすることで、実物と概念の両方を軸に据えるという、まさに作者の力を感じさせる小説。

 「魔術の学徒と鏡の瓶詰(唯月海理)」は、どがつく異世界ファンタジーなのだが、その世界観を違和感なく説明するギミックを仕掛けているのがとても印象的であった。長編の世界から切り取ったような構図ではあるものの、ストーリーとして完結されているし、周囲の情景を違和感なく浮かび上がらせる描写力が目立つ。

 「小さな魔法使いと使い魔たち――おしゃべりな鏡(上矢竜喗)」は、これも別ベクトルの、どがつく異世界ファンタジー。使い魔たちのキャラクターが彩り豊かで非常に楽しい。シリアスな要素をかなり裏に抑えつつ、鏡をめぐる使い魔たちの面白おかしいやりとりが繰り広げられるところが面白いと思った。

 「あなたになりたい(倉田希一)」これがトリとして秀逸。サカエとアズサというふたりの小学生の間に繰り広げられる感情の機微を描きつつ、物語をドラマチックに展開させて読者をひきつけ、最後にネタばらしを仕掛けエンディングへ、という起承転結のはっきりした話でありながら、サカエとアズサ、それぞれの孤独と、それぞれの感情の歪みの象徴として出てくる手鏡の使い方が妙。読み終わったときの印象深さ(評点上でいうところの「残響度」にあたる)ではダントツ。

 

 というように、どれも各人の色を出しながら、強い個性を小出しにしていく技術力の高さが光る作品集で、くしくもこの文フリ金沢シーズンを象徴する一冊になったと個人的には思っている。

 

 以上、文フリ金沢シーズンでした。

 ということで、文フリ東京もがんばるぞい!!