おもちくんのメモ帳

球体の生物が日々感じたことをつぶやくよ!

拾い集めた嘘を小説に変えていく

 

 どうもかーびぃです。

 

 連チャンで書いていくのはどことなく変な気分になってくる。ランニングハイみたいな、自分の文章ばかり読んでしまった結果の自毒作用みたいな、そんな気味の悪い感じになる。

 

 ぼくがすきなピロウズthe pillowsの曲に「ファイティングポーズ」という曲がある。どれほど打たれようとも、負けが込んでいても、最後までファイティングポーズだけは構え続けるボクサー。その意地汚いほどに強い闘志と負けられないという矜持、それとは裏腹にもう戦いたくなくなっている身体。だけどファイティングポーズは構える。積み重なった、負債とも怨念とも、矜持ともいわせられない何かの得体のしれない圧力を背に、彼はファイティングポーズを構えるだけ、構える。

 余談だが、ぼくがピロウズを好きだというと、リアルの知り合いにはたいていこの「ファイティングポーズ」が好きだと言って納得してもらっている。そんな感じの曲である。

 

「拾遺」著:齊藤

(通読性:15、宇宙感:25、残響度:25、嗜好:8、闇度:S 合計83点)

 たしか、おかさんことオカワダアキナ氏のブースで委託頒布されていたものだったように思うのだが、表紙からして異様な雰囲気を醸し出している、簡素な同人誌があった。それがこの「拾遺」なのであるが、わずか24ページの短編集が、これほどまでに重たいものだったとはその時予想もしていなかった。A5版1~4ページの掌編のひとつひとつ、そのパラグラフもセンテンスも打ち込むような強さがあってとてもリリカルで複雑で、しかもこれらが有機的に結びついている作品集になっているというのが、なんというか同人誌の極致を見たような気がした。読み終わったとき、いちど、ぼくは文章を書く自信というものを一切喪失した。こんな書き手がまだまだ、きっと世の中に紛れ込んでいるんだ、そのなかでぼくは、何を書いても無意味なのではないか、そんな無気力が襲い掛かってきたのだ。

 けれどこうしてぼくは記事を書いている。文フリ京都の新刊も、この作品と同じページ数で入稿した。ぼくはぼくにしか書けないものなんてないと思っているけれど、ぼくの立場で、ぼくが得た経験で、ぼくにしか書けないものは、確かに存在しているはずなのだ。どうしてだろう、同人界隈の書き手にぼくはこの作品を薦めたい。それはネガティブな感情というものを味わい尽くしてほしいという不幸の手紙的なものではなくて、どちらかといえばなんだろう、これを読むことでぼくはぼく自身の書き手としての姿を思い起こさせられた、そういう風に、書き手なりの感じ方を楽しむことが出来、それによって新たな作品を書き出すことが出来るような、そんな力があるのではないかと思っている。

 この作品集は衝撃だった。ひとことで言うなら、もう衝撃としか言いようがない。この作品に出合わせてくれて、ありがとうと言いたい。作者の齊藤氏はもちろん、委託することによって引き合わせてくれた(たぶん)オカワダアキナさんにも。

 

 1位作品、ここまでお読みの方にはそのタイトルが何かなんて聞かなくたってわかるかもしれない。この作品とは別の意味で、同人誌とは、創作同人とはということを教えてくれたあの究極の合同誌が登場する。こうごきたい。