ひざのうらはやおのメモ帳

サイコパスクソメガネが祈る墓標みたいなやつ

「存在しない読み手」と「わかりやすさの磁力」について

 どうも、ひざのうらはやおです。

 

 昨日、第28回文学フリマ東京が開催されました。これにて、ぼくの活動は休止期間に入ります。立ち寄っていただいたみなさん、ありがとうございました。そして、忙しくて立ち寄れなかったみなさん、またいつかお会いしましょう。さようなら。

 

 今回は、速報値で総頒布数86部を、実数で96部を記録し、前回までの記録である48部(テキレボ8)の2倍となる実績を残した。最後のイベントということもあり、今まであまり訪れることのなかったひとや、中には文学フリマなどの同人誌即売会そのものが初めてというひとにも来ていただいた。ひとりひとりにありがとうと言いつつ、しかし欲を言えば、最後であり最大のイベントでもあって、運営発表では5000人以上の来場があったというこの地で、ぼくは100部以上の頒布をしたかったし、それを見込んで搬入をしていたから、少しばかり無念だ。

 去年の秋、第27回文学フリマ東京では、搬入さえ潤沢であれば50を超えられたのではないかと思うほどの人出だったし、勢いがあった。ひとえに新刊であった「煤煙~浦安八景~」が十分な数を用意できず、午後2時を迎えることなく、つまり前半時点で完配してしまったのが災いし、それ以後の方がずっと人出があったのに伸びなかった。その反省を生かし、また前回の勢いを超えていきたいという思いがあったので、ぼくは新刊「平成バッドエンド」を含め全部で300部、段ボールにして4個口を搬入するに至った。島中である。実際隣近所にこんな搬入の仕方をする人間はいなかった。あたりまえだ。常軌を逸している。しかも実際、在庫の半分以上は返送しているのである。もちろん、そうでなければいけなかったから、やったまでなのだが。

 この数字を多いと思うか、少ないと思うかは経験や感情などに左右される。あえていえば、先程も述べたように、ぼくの実績としてはきわめて多い数字だし、文芸小説界隈で同人誌の頒布をしている人間なら、普通はぼくと同じような感覚になると思う。

 合同サークル時代から足かけ6年、大学時代のコピ本制作から含めると足かけ9年やってきたことになるが、先日のイベントまで、一回で50部を出したことは一度もなかったし、さらにいえば、ぼくがこうして「シーズンレース」などの企画を始めた2年前の水準では、そもそも10部を出すことすらほとんどなかった。しかし、先述したように、ぼくはこの96という数字を少ないと感じた。それは、ぼくが活動を休止するということで最後の機会にと訪れてくださった方の分や、ぼく自身の広報や告知の能力、また(少し傲慢な部分ではあると自覚しているがあえて書くと)ぼく自身の書き手としての実力(それはひとから認められる、という意味である。ぼくが認めているということではない)を考慮すれば、十分に3桁の頒布に到達することが可能であると考えていたからだ。

 結果として、それは間違いだった。後述する文章から曲解されても困るのでここで明確に書いておくが、これはイベントのせいではない、ぼくの全力が、ぼくの期待に負けたというただそれだけの事実で、ぼくの全力は「こんなもの」だったという、それだけのはなしなのだ。だから、非常に悔しいし、悲しい。「かれ」を失った代償はぼくの想像を絶していた。それについては長くなるので、別のところで書きたいと思う。


  休止するついでに、今まであまり語ることのなかったことについても少し書いていきたいと思う。ここからしばらくぼく自身、もしくはぼくらのことについて書かせていただきたい。


 ぼく、もしくは、ぼくらは自分の中での考えがまとまらないうちに決断をし、あとでそれがどういう考えのもとでなされたかを考えて生きている。だからこれから語ることは正直な話時系列的には正しくないのだが、思考系統の時系列としての整合性を優先して、あえてそのまま書いている。実際には考えながら書いていたということだけ記憶していただければと思う。


 ここまで、このメモ帳を読んでいる人のほとんどは、ぼくのことを全く知らないか、「シーズンレース」とかいうよくわからないシステムで同人誌を評価しているひとという風に思っているかのどちらかであろうと思う。なぜそんなことを始めたのか、疑問に思うかもしれない。非常に端的な答えを提示すれば、そんなことをする理由はただひとつ、ぼくの小説を、ぼく自身の手によってひとりでも多くの、必要とすべきひとに届けるためである。それ以上の理由はない。それ以外はすべて、副次的なものである。
 2年前の秋、ぼくは短編集「順列からの解放」を発表した。これは執筆に18ヶ月、構想を含めると24ヶ月と、当時の自分にしては異常なまでに時間がかかった短編集であった。それだけ時間がかかったことの主な要因は、巻末作「春なのに工事中」の執筆の進捗だった。いくら書いても終わらない。予想字数をかなりオーバーしているのに、いっこうに終わりが見えず、それでもただ場面を進めることができずに一進一退しながら、なんとか秋の文フリ東京にギリギリで間に合ったという作品だった。作品を読んだ方はわかるかもしれないが、これは当時のぼくの心境をひたすらに吐露した、ひざのうらはやお的私小説のスタイルを確立した作品になった。それ以外にも、この「順列からの解放」に含まれている各作品は、どれも現在のぼく、あるいはぼくらの主要スタイルの端緒となっている。それに関しては当時自覚はなかったが、それでも当時は別の意味で確実に手応えがあったし、最高の出来になったことを自負していた。しかし、初動はわずか4部だった。

 今となれば思うが、当時の規模からすればさほど悪い数字ではない。けれど、その前の作品(そのタイトルはあえて割愛する。長すぎるから)よりも少なかったことにぼくは衝撃を受けた。自分の最強であると認識し、確信したはずのものが、前作を超えるどころか、下回っていたことを受け入れられなかった。

 数字というものは、それ自体はなにも示さないため、一見するとたかが数字と思われがちであるが、明確で具体的な証拠として、あるものは帳簿に、またあるものはデータに、それ以外のものはだれかのこころの中にはっきりと残ってしまう。この場合、残ったのはぼく、あるいはぼくらのこころの中だった。あのとき、ぼくは明確に活動をやめようと思った。けれど、やめることができなかった。すでにぼくは、小説を書くということをやめる代わりの行為を探すことが難しくなってしまっていた。だからぼくは、小説を書くことをやめることをやめた。

 「順列からの解放」という作品をもっとよく知ってもらいたかった。これは確実にひざのうらはやおのターニングポイントとなる短編集で、すでに「V~requiem~」もプロットのほとんどを作ってしまっておりあとは書くだけであったぼくは、なぜか根拠もなくこれからどんどんと「強い」小説を書くことが出来ると思っていた。だからぼくは、よりこれらの作品を取ってもらうためにどうすればよいのかを考えた。

 すぐに思い当たったのは、どれだけいいものを作ったとしても、それがほかの人にいいものであると伝わらなければ誰も手に取らないということである。実際、ぼくはいままで参加したイベントでいろいろな同人誌を手に入れてきたが、当然ながらそれらは「そこにその同人誌が存在する」という情報があったからこそ、手に取ることが出来たし、その中でも読むことが出来たものは、やはりツイッターなどで情報を仕入れていたからだった。あと、いくつかふらっとおもむろにブースによって買ってしまうものもあるのだが、それらはたいてい、表紙などのビジュアル部分か、ブースや値札、ポップなどに書かれた付随情報によって買うかどうかを決めていた。値段を見たことは一度もなかった。まとめると、ぼくがその同人誌を手に取るまでには、「ツイッターで情報を仕入れる」「現地でふらっとそれらを見る」のどちらかの手順を踏んでいるということがわかった。また、ぼくもそうなのだが、ツイッターでひたすら自分の作品だけをツイートするようなアカウントは敬遠しているし、実際そうしているひとは多かった。そして、ぼくは極めて設営が苦手であるし、まして小説を書くだけでも面倒なのに、売るための努力をすることなどなおさら面倒なうえに、いくら頑張ったところでそういうのが好きだったり、そういうことを仕事にしてきているひとたちの前では埋もれてしまうという風に考えた。だから、現状でも最低限のブース設営しかしていないし、それを貫いてきた。しかし、前述したように、知らせることが出来なければ、ぼくの小説は誰にも読まれないまま、その役目を果たさずに小説として不完全なまま死んでしまうのである。復帰作で今書いていることであるが、ぼくにとって小説の定義とは「だれかに読まれることを前提として記述されたもので、何かを説明するわけでもなく、その全部もしくはほぼすべてを散文で構成し、詩でなく、また紙面に表現しうるもの」である。だから、誰にも読まれないものは小説として成立しないと考えている。

 そこで考えたのは、小説そのものではなく、書き手としてのひざのうらはやおを知ってもらうということだった。この男が書く小説とやらを読んでみたいと思わせるようなことをすれば、ぼくの小説は読まれるようになると考えた。しかし、ぼくには絵を描くことも、何かをしゃべることもできないし、歌うことはできなくはないがうまい人が多い世界だから目立たなかった。中学生からずっと小説やブログを書いてきたぼくは、やはり文章を書く以外のスキルというものをほとんど持ち合わせていなかった。それに、小説を読んでやろうという気概のある人だけ効率よく注目を集めたかった。注目を集めるのはろくなことがないから、最低限の注意だけ引ければそれでいいのである。

 タイムラインでは「漫画は読みましたと感想が来る、けれど小説はめったに来ない。来たと思ったらつまらない、とかそんな悪口ばっかり」という、おそらく小説をメインに活動している同人のツイートがあった。そういえば、過去にぼくは「同人誌を紹介するのがうまい」と言われたことがある。凄まじい小説を書く日本文学を専攻している女性だった。今から考えると嫌味だったのかもしれないが、それでぴん、ときた。

 ぼくはそこで床を見回した。文フリ東京で買ったものが並んでいたが、その中でどれだけのものを読めただろう、普段通りの生活をしていたら、多分半分も読めないのではないか、と考えた。そして、過去に同人誌を読んだ感想をブログに書いたら、作者からフォローが飛んできて、その人が文フリの時にブースに遊びに来てくれたことがあった。もし、この作品をすべて読んで、それらすべてについて真面目に感想を書いていったら、そのうちの何割かはぼくの小説が気になるのではないか。と考えた。これが「シーズンレース」のきっかけである。だから、シーズンレースの一番基本的な部分は、その即売会で、有償で手にしたものすべてについて読むというところなのである。

 もちろん、感想を書かれること、とくにネガティブなことを言われることが一切いやなひとが多い世界で、こんな試みをするのは非常にばかげていると思う。実際、思っていた以上に多くの人たちにぼくは拒絶されている。だからこそぼくは、読むことが出来たものについては、ぼくのすべての力を用いて、その作品のすごいところを語ることにしている。それがいかに自分の主義主張に反していようとも、いかにこちらの読解を拒んでいようとも。

 そして、ここが最も大事なところなのだが、ぼくが「春なのに工事中」を書ききれなかったのは、完全に小説を読むということを満足にできていなかったからであった。だから、様々なジャンルの、様々なスタイルの、商業にのることのないほど自由な文芸系同人誌をひたすら読んでいくという行為は、それ自体の分析・読解を深めていく行為と一体化することによって、膨大な創作としてのエネルギーを得る行為に他ならなかった。そしてぼくは、他の書き手たちがどのようにして小説に向き合っているのかということを知らなかった。シーズンレースを通して、それにも様々な、その人なりの想いがあるということに気づいた。

 シーズンレースのもうひとつの特徴、「上位3作品を記事化し特集する」には別の意味がある。これは、ぼくの人となりを示すものであり、かつ、どのような文章を好むかという意思表示でもあった。そして、良いと思ったものは良いといってより多くの、この記事を読んでいるひとたちのうちのひとりでも多くに届けることによって、ぼく自身がこの世界で過ごしやすくなるだろうと考えたことによる。だから、あえて、主観的ながらも、ぼくだけのルールで公正公平に順番をつけた。ここが相いれないひとは多かったのだろうと思うが、逆に言えばこれがなければぼくは前述のような頒布規模を持たないままひっそりと活動をやめていたのだろうと思う。

 イベントそれ自体への参加スタイルが変わってきたのは、そうしてシーズンレースを始めてから3イベント目で、テキレボ5のとき、隣に今田ずんばあらず氏がいたことによってだったと思う。

 

以下、現在執筆中の課題作「〇」の該当部分より引用する。

 

 彼はぼくと全く異なるバックボーンを持っていた。ぼくは音楽と純文学が大きなバックボーンになっている(ということに最近気が付いてきた)のだが、彼は少なくともどちらも持ち合わせているようには思えなかった。彼はぼくに興味があったようには思えなかったが、隣だったということもあったし、一見してぼくがかなり変わった頒布をしていたからだろう(実際、短編の量り売りをやっていた)、ちょくちょく話しかけてきていた。自転車で関東一周したことをエッセイにまとめたり、これまでもかなりの期間同人に参加していたのだが、テキレボに参加したのはぼくと同じく初めてらしい。そしてぼくに「イリエの情景」の1巻を勧めてきた。この時、ぼくは彼のトークにさして魅力を感じなかった。当時の彼は、震災に対する考え方も、自らの同人活動のスタイルも今ほど確立されておらず、ぼくはストレートに「なんて軽率で傲慢な男なんだろう」と思った。単なる興味本位でそれらしいものを書いて、それらしい本をつくることに躍起になっているように見えたのだ。実際はそんなことはなく、彼は彼なりの哲学があって、それを探究していただけだったのだが、価値観があまりにも異なっているように感じた。だからこそ、ぼくは「イリエ」を買った。それを読んで、彼が何を考えているのかを知りたかったし、大したことがなければそれで笑えばいいし、けれどぼくはどこか、彼が隠しているのが何なのかが気になったし、それが「イリエ」に秘められているような気がしてならなかったし、なにより「かれ」が「こいつ、多分すごい有名になると思う」と言ったのが気になった。

 

(引用終わり) 

 

 「かれ」とはもちろんいなくなってしまった「かれ」である。実際「かれ」の助言は当たり、ぼくは「イリエ」を読みながら、今田ずんばあらずが徐々に「完成」されていく様子を目の当たりにした。ぼくの前に最初に現れていた、無邪気でどこか学生のような若さと無鉄砲さを持っていた、ぼくがあまり好きではない人たちと何ら変わらない特徴を持っていただけに見えた彼は、知らないうちに1年で500部もの同人誌を頒布し、それを2年つづけ、あっという間にすさまじい知名度を手にしていた。

 その彼を見続けていて気付いたのは、同人誌即売会というのは、文字通りの同人誌を頒布するためだけのイベントではないということであった。それは本を通したひととひとの対話であり、その対話を通して世界が、地域が、ムラが広がっていくことが美しいことなのであると気づいた。それは悪く言えば共犯関係であるともいえる。けれど、その世界でしか守ることが出来ないものがあって、それが、ぼくの思う美しいものなのだとしたら、それを見ない手はないではないだろうか。

  だからぼくは取りつかれたように全国を駆け回ったのだと思う。もちろん表面的な理由としては「地方にしかない出会いがある」からであり、その通りの行動をしてきたのではあるが、今考えればそれは、ぼく自身が気づいたその世界をもっとよくみたかったのだろうと思う。

 しかし、その過程でぼくはあらゆるものを失っていった。過密なスケジュールは容赦なく経済リソースを奪う。健康も奪う。ただ、最も大きなもの、それが「かれ」であり、次いでぼく自身のスタンスであった。

 前述したとおり、ぼくは自らの作品をより多くの知るべきひとに知ってもらうために、より多くの作品を頒布し、そのためにひざのうらはやおという存在をより多くのひとに認知してもらうための広報活動を行ってきた。それによって、ひざのうらはやおを認知するひとたちも、その小説を読んでくださるひとたちも大幅に増えた。それらを意識する前と比較して10倍以上になっているはずだ。

 しかし、いつのまにか、そのひざのうらはやおを維持するために、ひざのうらはやおらしい同人誌を発行するという逆転現象が発生していた。どのあたりかは思い出せない。少なくとも、「まんまるびより」と「おもちくんメソッド」は完全にそうであるといえるだろう。「まだ見ぬ読み手」を考えるあまり、「存在しない読み手」に囚われてしまっていた。頒布数を記録するようになってから、「存在しない読み手」は明確にぼく、あるいはぼくらを蝕んだ。

 それでもぼくらは止まるわけにはいかなかった。そう、気づかなかったのである。

 「読まれた人の数でその小説の価値など決まらない」ということに。

 

 書き手のみなさんは、どうだろうか。ぼくと同じように「存在しない読み手」に追われてはいないだろうか。「存在しない読み手」は実体として存在しないが、確実に書き手の中に居座る幻影である。それらは頒布数や原稿の字数、印刷費など様々な数字に影を落とす、同人界に潜む魔物であるとぼくは考える。ぼくらが不特定の人間に自らの著作物を頒布すると決めた瞬間から、この「存在しない読み手」は明確にぼくら自身、それぞれのこころの中に発生し、無視できるひともいれば、完全に一体化することによって、むしろ創作エネルギーを増幅させるというひともいるだろう。つまり完全な悪者ではないのである。しかし、ひざのうらはやおという書き手は、この「存在しない読み手」と非常に相性が悪い書き手であることをぼく自身忘れていた。学生時代からずっと「読み手を意識しすぎている」と指摘され続けていた。それは、「いま目の前にいる本当の読み手」ではなく、この「存在しない読み手」のことであったのだろうと思う。

 「存在しない読み手」は、わかりやすさを餌としている。理由は簡単だ、わかりやすくすればより多くのひとたちがその作品に手を伸ばすから。「存在しない読み手」は数となった多くの本当の読み手たちの中に紛れ込みたいのだ。

 「存在しない読み手」はそれでいて何も言わない。ことばを持っていないからだ。けれど、確実にぼくらに手を伸ばす。数字として、ぼくら自身の自意識として。

 これはとても難しい問題だ。「存在しない読み手」に目を背けることが出来るのは、強靭な精神力を持った人間だけである。だからぼくは、ほとんどのひとたちが、この「存在しない読み手」に多かれ少なかれ悩まされているのではないかと推察する。

 そして、「存在しない読み手」に囚われ続けてしまう人が多くなっていくとどうなるかを考えた。

 即売会の認知度が広まり、より多くの人たちが一般参加および出展参加するようになった。即売会それ自体がにぎわい、界隈が広がりをみせ、自らの創作意欲は高まる。おそらくそれが理想で、むしろそれを理想としない即売会の主催などいないのではなかろうか。主軸は違うにせよ、ぼくらのいるこのムラが、界隈が、そとの人々、もしくは他のムラの人々と交流し、より深く文化を醸成していくことが究極的な目標のひとつであることは言うまでもないことであるとぼくは思っているが、あえてここで述べておきたいと思う。ぼくもそんなイベントに出たいし、もしリソースが許せばそんなイベントを作ってみたいとすら思う。

 しかし、もちろん現実はそう甘くはない。なぜなら、即売会に限らずすべてのイベントや界隈の人間がそうであるように、門戸が広がり、より多くの人間が流入するということは、当然にエントロピーが増大するということでもある。あまり使いたくない表現であるが、俗にいうところの「民度が下がる」という現象が起こる。これはエントロピーが増大した結果、その集団の閾値は集団の中の最大公約数的なものに収まってしまい、結果倫理的に問題のある行動を行うための閾値が加速度的に落ちていく現象によるものと推察できる。巨大な大学生のサークルは、それがテニサーだろうが、オタサーだろうが、合唱団だろうが総じてあまりいいマナーではないのと同じことである。つまり、現状より大きな規模になろうと思うのであれば、現状以上に高い秩序を形成しなければ、最終的に「場」そのものの倫理的側面が問われ、瓦解してしまう。規模を大きくするのであれば、それに細心の注意を払って行動せざるを得ないし、だからこそ簡単に会場を大きくしたりすればいいというものでもないのだろうとぼくは思った。

 とはいえ、正直それは最低限の倫理的な問題であって、その程度であれば個々人の努力と主催の辣腕次第でどうとでもなるのではないかと思う。ぼくがここ最近即売会イベントでときたま危惧するのは、「存在しない読み手」たちに囚われてしまった挙句、「わかりやすさの磁力」を濫用させ、そこに大きな流れが生まれてしまっているというところである。これは、とかく即売会という「アマチュア表現者が自主制作したものを表現として展示し交換する場」としてはかなり危惧すべき現象であるようにぼくは思っている。

 みなさんは選挙に行くだろうか。選挙なんてくだらないと思うだろうか。いずれにしても、選挙に行って投票をするとして、どのように政治家を選ぶだろうか。おそらく、「選挙公報を見てからウェブサイトを確認し、現職の議員であればその人がどういう質問や答弁を行ったかどうかを分析したり、そこからどの団体が応援しているのかを見たりして、最終的に自分が票を入れることで最も得をするであろう政治家の名前を書いて入れる」という人間は全国でも1000人いるかいないかではないかと思う。ぼくでもやらない。やりたいけれど時間がない。そうするとどこかを省略することになる。たいていの人間は調べることを省略する。だからサブリミナル効果で、選挙カーが候補者名を連呼していれば自然と票は増えるし、むしろやらなければどんどん票を奪われるのである。令和の時代になってもなお、選挙カーがおそらく滅びることがないと確信できるのはそういった理由によるのだろう。これがなくなるときは、おそらく国民全員に同じウェアラブルバイスか何かがくっついてしまっているようなそんな遠い未来の話だ。

 で、何が言いたいかというと、「わかりやすさの磁力」が生み出すものの行き着く先は選挙運動になってしまうということである。中身が見られることなく、鑑みられることなく、きらびやかな表紙や耳通りのいいキャッチフレーズ、空虚な「新奇性」、などといった、耳目をそちらに向けるためだけの努力「だけ」にすべてのリソースを割り振ってしまったものだけが売れ、それを許さなかった実直なコンテンツが見向きもされないということになってしまうかもしれないのではないだろうか。ぼくはそれを非常に危惧している。

 先ほども述べたように、「存在しない読み手」にとって「わかりやすさの磁力」は非常に強い嗜好品のようなものだ。わかりやすさそれ自体は、その質をともかくとして、多くの読み手を生み出すことは間違いない。しかし、多くの読み手を生み出すことは、同時に「存在しない読み手」の力も強くなっていくということである。

 もちろん、そういった努力を否定するつもりはない。かつてのぼくは全否定していたが、様々な出会いを経て、その重要性に気づかせられた。本当に必要としているひとのために届けるための努力はいくらでもすべきであるし、それは是非もない。しかし、肝心のコンテンツを、場合によっては作者自らが、その本来の価値を毀損してまで「広報活動」に勤しんだ作品は、はたして幸福といえるだろうか。読者に対して真摯といえるだろうか。少なくとも、ぼくは違うのではないかと思う。「存在しない読み手」に向けられた空虚な小説を、少なくともぼくはあんまり読みたくないし、そのためにこの世界に飛び込んでいると言っても過言ではない。

 ぼくがシーズンレースを経て、即売会を通じてかれらに求めるものが何かをずっと考え続けてきた。その答えのひとつが、この真摯さにあるのではないかと思う。それはつまり、いかに「存在しない読み手」に抗い、読み手を具現化させられるかというところではないだろうか。もちろんこれは主観的なものでしかないので、本当にその書き手が真摯かどうかはわからない。そんなの思い上がりだという意見もあるだろう。それは全くその通りではある。書き手の気持ちなど読み手がわかるはずもない。しかし、同様に、読み手の気持ちも書き手に伝わることはないのである。だからこそ「存在しない読み手」は簡単に発生する。そういった中での仮想的な、脆く儚い、けれども絶対に存在するはずであろう信頼からくる真摯さを、ぼくは信じたい。

 これらのイベントは大きくなればなるほど「お客様」と「店主」という関係にシフトせざるを得なくなる。心地の良い「内輪」を脱して、衆目に曝された市場へと姿を変えていく。それはまさしく商業コンテンツの世界へ吸収されることと同義である。それは同時に、商業コンテンツのコードにのらないような作品は淘汰され駆逐されていくことに他ならない。そういった土壌を生み出すことが、表現文化の発展につながるのだろうかとぼくは疑問を抱いている。もちろん疑問に過ぎない。事実ぼくはいま、まさに淘汰されようとしている側の人間だ。きっとたいていのひとたちは、そんなことなど考えること自体が無駄だと思っているだろう。だからこうしてぼくは書いている。

 少なくとも、ぼくの前に現れて、ぼくの作品を気に入ってくれた人たちは、おそらくぼくの小説に、商業の世界にはない何かを感じたのだとぼくは信じたいし、だからこそ再びこの地に戻ろうという決心は揺らがない。だから、そういった場がもしかしたらなくなってしまうのではないかと危惧していて、おそらく自分で小説を書くことが出来なくなること以上に畏れている。だって、それで困るのは少なくともぼくだけではないし、実際に存在する読み手にとっては確実に困ることになってしまうから。

 もっとも、ぼくひとりがそんなことを考えていても仕方がないのは事実だ。すべての出展者は、大なり小なり目の前の通りすがりのだれかと交流したいと思っているのはきっと間違いがないはずだし、それを否定するわけにはいかない。そしてぼくはそれを否定しているわけではない。だからこそ、「存在しない読み手」に囚われてしまい、最も重要なもののうちのひとつをなくしてしまったのだけれど。

 「存在しない読み手」に気を付けてほしい。これがぼくの遺言だ。

 

 

 ひとまず、文フリ東京のみならず、ここ最近のイベントで思っていたことを端的にまとめてみた。おそらく、ぼくしか書かなそうだと思ったから。

 今後の予定や委託などの発表については、近日中に発表します。