ひざのうらはやおのメモ帳

サイコパスクソメガネが祈る墓標みたいなやつ

夢から目覚めないような世界があったっていい

 どうもおもちくんです。

 文フリ東京26シーズンも、この記事を残して最後になった。書くにあたって、いろいろと考えてしまい、それなりに時間がかかってしまった。

 

 ぼくは9mm Parabellum Bulletが好きだ。それも、多分比較的最近好きになったから、昔からのファンにはついていけてないところもあるし、ライブに行ったことがあるわけでもないし、彼らのパーソナリティが好きなわけではないから、そのファンの性格的にどうしても公言するのをためらってしまうのだが、しかし彼らの生み出すサウンドは好きである。「クサさ」と「エモさ」の直線上をひたすらにまっすぐ突き進む彼らの、ダンディズムにはあこがれる。

 中でも、今回取り上げるのは「眠り姫」という曲である。9ミリを9ミリたらしめるサウンドとリリックがこれでもかというくらいにちりばめられているのに、カロリー過多で胸やけを起こさない作りになっている。サビの「君と罰を分かちあわせて」というフレーズがすごくハマった。それでいて「長い夢から目覚めないで」なんていうわけである。耽美的でありながら感傷的で、それでいてクール。それが9ミリだとぼくは勝手に思っている。

 

「ゼロ線上のバラッド」著:咲祈(モラトリアムシェルタ)

文体:34 空間:34 (半客観分野:68)

感覚:38 GF:36 (主観分野:74)

闇度:0.648 レート:7.069(E)

総合:135.579(文フリ東京26シーズン1位

 

 ということで、素点(レートでの減点を抜いた点数)で142点という全シーズン1位の記録を塗り替え、今回も咲祈氏の作品がシーズン1位となった。ちなみに、これまで素点で全シーズン1位を保持していたのは同氏の「ヘヴンリーブル―」(文フリ京都2シーズン3位)で、つまるところ自身の記録を塗り替えたことになる。氏はこの作品から、しばらく作品の製本を休止する旨を発表しており、現状、氏の作品の中で製本されているもののうち、最も新しい作品がこの「ゼロ線上のバラッド」である。

 しかしながら、この作品は、「ヘヴンリーブルー」以上の衝撃をぼくに残すことになった。「ヘヴンリーブルー」がオルタナティヴな咲祈イズムだとするならば、この作品に漂う雰囲気や観念は、「シン・咲祈イズム」とでも表現すべきだろうか。咲祈イズムを超えているが、しかしド直球でその延長線上にあることは間違いない苛烈さ。ぼくは今まで、氏の織りなす世界観がその文体によって圧倒的な完成度を誇ることを何度も述べてきたが、文体以外にも独特の展開リズムによって氏の作品は構築されてきていた。これは多分述べていなかったと思う。一種の弱点に受け取られかねないからだ。

 だが、この作品ではそのある種の「お約束」を打ち砕き、なお、咲祈イズムを保持しているどころか、むしろより苛烈に表現されているというところが、他の作品と一線を画しているとぼくは思う。かなり早い段階で物語はクライマックスを迎えるのだが、それが本当は全然クライマックスではなく、さらに高い次元のカタルシスを生み出し、最後の最後でどんでん返しが起きる、という複雑かつ強烈な展開は、氏のような強い文体を持つ書き手だからこそすさまじい威力を発揮する。作品そのものが持つ破壊力が、氏のこれまでの作品を大幅に上回ると言っていい。よくたとえている刀でいうならば、ひと薙ぎですべてのものを両断してしまう大太刀である。そのパワーを、みなさんも感じてほしいと書きたいところではあるが、肝心の氏がすでに頒布を終了してしまっているので、これ以上読者が増えないことが本当に残念である。

 もっとも、もしかすると、ウェブで掲載される可能性もあるかもしれないが。

 

 ちなみに、ぼくは、咲祈作品でもっとも好きなのは、「空人ノ國」だ。カクヨムで全文が掲載されているとのことなので、もし気になるようであればぜひ読んでみてほしい。

kakuyomu.jp

 氏は、ぼくがこのような形でシーズンレースという評点形式の同人誌紹介をすることになったきっかけをくださった方である。そんな方が一歩引いてしまうのは本当に寂しいし悲しい。もしいつか、また出会えることがあればいいなと、それだけ述べて、今回は結びとしたい。

 

 さて、次は文フリ金沢シーズンである。シーズンレースおなじみの面々もいる中、どのような展開になるのか楽しみだ。